輪
- タナッセの『会いたかった』という台詞を使った「楽しい場面」を作ってみましょう。 #serif_odai http://t.co/tiJvnLzgTU
彼…… いや、彼女が成人する時、既に私は長年暮らしてきた城を後にしていた。
今よりも二月程前。
篭りに入る前日、私はまた小さな彼女――レハトと会っていた。
これから先、どうするのか、何をするのか。交わしたのはそんな他愛もない話だ。
ただ一つ想定外だったことは、レハトが私を引き留めようとしたことだった。
『ここにいてよ。ずっと、いてよ。一人じゃ私、寂しいよ』
頼ってくれるのは嬉しかった。
しかし、ここに留まる事は私にとって成し遂げたいことの壁になることは明らかだった。
それに、私が共にいたのではレハトにとっても良くはない。評判は勿論、彼女は何かと私を頼ることが多かった。
あいつのことを思うなら、これでよかったのだと思う。
今でも、あの時のレハトの泣き出しそうな顔は鮮明に思い出すことが出来る。酷なことをした、とは思っている。
私とて出来れば彼女を支えてやりたい。しかし、過度な協力は時に人を堕落させる。
私なりに考えた結果が、これだった。
「あいつも成人、か。月日は早いものだな」
初めて出会った時が、もう随分と昔のことのように思う。往時を偲ぶと、数々の思い出に自然と笑みが零れた。
時折やってくる城からの鳥文で、自分は女性を選択したと告げられた。その文面を見た時、次に会う時どれほど見目麗しくなっているのか、期待しなかった訳ではない。
無論口にしたことなどないが、未分化の時分からあいつは身なりに気を払っていた。
一声をかければ、貴族たちはこぞって寄り添い、いつも脇に誰かしらを侍らせていたように思う。
その中で一目、己だけに向けられた言葉に心中舞い上がったのは言うまでもない。
もうすぐ会えるのだ、と思うと何処か落ち着かなかった。何せ、レハトが成人してから初めて会うのだ。
レハトがレハトであることは変わらないと言うのに、期待と不安が入り混じり、思わず嘆息をついた。
そして、二週後。
レハトの篭りが終わり、書簡により正式に城に呼ばれる事となった。
一つ訝しんだのは、呼ばれた時期が些か半端だったことだ。
通常城に客人を招く際は、大凡月初めに呼ぶことが多い。
しかし、私が呼ばれたのは月も終わる頃だった。
特段それで困ることもないのだが。
……城に赴くのはいつぶりだろうか。
あの場所に良い思いなど微塵も抱いていないが、彼女と話した数々の話は、今だ私の胸に良い記憶として留められている。
「……変わらないな、ここは」
鹿車を進め、漸く城に到着する。来るものを拒むかのような圧倒的な存在感は、私が去り王が変わろうとも健在だった。
現国王にはヴァイルが戴冠している。手紙から察するに、レハトは城に留まり、どうやら学問に励んでいるようだった。
その探究心は好ましい。
あれからどれほどの成長を見せたのか。
鹿車から降りると、足早に目的地へと向かった。
レハトに指定されたのは、王城に誂えられている客室だった。
それほど大きくはなく、軽く歓談をする為の場所だ。
扉の前に着くと、静かに戸を叩く。
どうぞ、と中から軽やかな声が聞こえ、緊張の中ゆっくりと扉を開いた。
……そこには、見目麗しくなったレハトの姿が――
「タナッセー!!会いたかったよー!!」
「ぐわっ!」
突如臍下に衝撃が走り、そのまま床に転げ尻餅をついてしまった。
何も見えない。尻が痛い。
おい、目の前にあるこれはなんだ。この柔らかい…… 柔らか?
「……っ!? だ、おい!」
慌てて目の前の障害物をどけると、果たしてそれはレハトだった。
「わー!会いたかったよー!ねえねえ!ねえねえ!どうどう?私綺麗になった?あ、タナッセどうだった?元気にしてた?そうそう、あのね、お城でね」
「まずは私の上から降りたらどうだ!それに私はそんな一度に答えられるような耳は持っていないからな!」
何も変わっていなかった。
いや、変わった。確かに見目は…… 認めるのが些か悔しいが、流石寵愛者と言うべきか。
並大抵の貴族では太刀打ちできないであろう美しさではある。
が。
「あ、そうだ、ねぇ今日に来てもらったのは理由があってね!って、ねぇタナッセ聞いてる?」
感動もくそもない。
私の期待を返せ。
「だから私の上から降りたらどうなんだ!この城でその頭に何を詰めてきたのだお前は!人に飛びかかるのがお前の礼儀作法か!?」
「わーわー!タナッセの小言懐かしい!変わってないね!」
「人の怒りを懐かしむんじゃない!ほら、降りろ!」
頼むからこれ以上私の幻想をぶち壊さないで欲しい。
はしゃぐレハトをぐったりしながら体からどける。漸く一息つけると思った矢先に、いきなり腕を取られた。
「あのね!あのね!今日ほら、舞踏会だよ!だから呼んだの!私ね、大人なったらぜっったいタナッセと一番最初に踊るって決めてたの!ね!ね!踊ろう?踊るよね!」
「人を振り回すのをやめんか貴様は!」
腕をぶんぶんと振られ肩が外れそうになりながらも、なるほど。この時期に呼ばれたことには合点がいった。
彼女の身なりが真紅のドレスなのも、恐らく舞踏会に向けてなのだろう。
舞踏会の日付を忘れるほどには、私も城の事を忘れていたようだ。と思い、心中で苦笑した。
「だめ?」
「はぁ…… 今更断ったところでお前がごねるだけだろう。分かった、好きにしろ。ただし振り回すな。いいな。それとお前はもう成人したのだからそれ相応の……」
「もー分かってるよー」
本当に分かっているのかこいつは。
私の期待を消し炭同然に吹き飛ばしたレハトに連れられ、舞踏会へと向かった。
相変わらず豪奢な装飾に彩られた、悪趣味とも言える会場。その壇上には現国王のヴァイル登壇し、開始の口上を述べている。
「……久しいな。ここはこんなにも騒がしかったか。まあ、いつも露台にいたゆえ、それほど喧騒に巻き込まれることはなかったのだがな」
「タナッセいつも隅っこにいたもんね。本当は一緒に踊りたかったのに」
「……わざわざ踊るために今日にするなど、お前も暇なのか」
「お互い様です」
生意気な口を、と言いかけたところで俄かに辺りがざわついた。
……そうだ、あまりに馴染み過ぎていて忘れていたが。
彼女は成人したばかりなのだ。公の場に姿を出す度に注目を集めるに決まっている。
わらわらと集まってきた貴族達に、何度も誘いを入れられている。あの様子で断れるのだろうか、と心配するも杞憂だった。
先程とは打って変わり、淑女らしい言動で軽やかに誘いを断っている。
その横顔に先だってまでのあどけなさはなく、成人女性らしい艶やかさを孕んだ笑みを振りまいていた。
「……驚いたな」
「あら、私だってこれでも処世術は嗜んでるのよ?」
流石公の場、ということか。言葉遣いも相応のそれになっていた。
「初めからその態度でいればいいものを……」
「タナッセに遠慮や世辞なんていらないでしょう?それとも必要?」
「生意気な」
減らず口を叩くレハトに呆れていると、会場に音楽が流れ出した。舞踏会の始まりである。
「……お手を」
足を引き、手を差し出すとそこにそっと彼女の手が重ねられた。成人しても、なお小さな手だった。
音楽に合わせ、彼女は軽やかに踊り出す。世辞ではなく、美しかった。それほどまでに、完璧に配役をこなしている。
「もうあまりこういうところで踊ったりしてないんでしょう?」
「そうだな。そのような機会は殆ど設けていない」
「でもさすがね。とっても踊りやすいもの。タナッセかっこいいよ」
「戯言を」
寧ろ、私が踊りやすいのは情けないかな彼女のリードがあるからのような気がしてならない。
適所に流れるように動く体は、自然と私の次の動作を導引する。
こいつには、敵わないな。
そう思い彼女を見ると、何やら不敵な笑みをこぼしていた。
未分化時代の、悪戯をするような。えもいわれぬ不安を抱えていると、出し抜けにぐんと足が想定外の方向に踏み込まれた。
「……っづ、あ!お、お前……!」
「アレンジアレンジ!」
ふふふと零れそうな笑みを浮かべながら、大胆なアレンジを加えたステップを刻んで行く。
正直、着いて行くのが精一杯だ。いや、寧ろついて行ける己を褒めるべきかもしれない。
「やっぱりタナッセってすごい。あのね、今日本当に会えてよかった。私今とっても楽しい!」
今日見た中で、一番の笑顔だった。
その笑顔には、どんな花も空も景色も、霞んで見えることだろう。
「ああ。私も会えてよかった。いや、違うな。……会いたかった。レハト。成人、おめでとう。綺麗になった」
「わあ、タナッセが褒めてくれたー!なら私もっともっと綺麗になるし、踊りも頑張る!」
「ふん、ならばもっとアレンジしてみろ。どんな動きにも着いて行ってやるさ」
「言ったわねー!すっ転げさせて恥かかせてあげるから!」
「やってみろ」
我ながら阿呆な提案だとは思うが、男に二言はない。
翌日の体を思うと少しばかり頭が痛いが、今日くらいは全力でこいつの要望に応えてやろうと思う。
空いていた時間を埋めるように、いつまでもいつまでも踊り続けていた。
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2013.10.21
今よりも二月程前。
篭りに入る前日、私はまた小さな彼女――レハトと会っていた。
これから先、どうするのか、何をするのか。交わしたのはそんな他愛もない話だ。
ただ一つ想定外だったことは、レハトが私を引き留めようとしたことだった。
『ここにいてよ。ずっと、いてよ。一人じゃ私、寂しいよ』
頼ってくれるのは嬉しかった。
しかし、ここに留まる事は私にとって成し遂げたいことの壁になることは明らかだった。
それに、私が共にいたのではレハトにとっても良くはない。評判は勿論、彼女は何かと私を頼ることが多かった。
あいつのことを思うなら、これでよかったのだと思う。
今でも、あの時のレハトの泣き出しそうな顔は鮮明に思い出すことが出来る。酷なことをした、とは思っている。
私とて出来れば彼女を支えてやりたい。しかし、過度な協力は時に人を堕落させる。
私なりに考えた結果が、これだった。
「あいつも成人、か。月日は早いものだな」
初めて出会った時が、もう随分と昔のことのように思う。往時を偲ぶと、数々の思い出に自然と笑みが零れた。
時折やってくる城からの鳥文で、自分は女性を選択したと告げられた。その文面を見た時、次に会う時どれほど見目麗しくなっているのか、期待しなかった訳ではない。
無論口にしたことなどないが、未分化の時分からあいつは身なりに気を払っていた。
一声をかければ、貴族たちはこぞって寄り添い、いつも脇に誰かしらを侍らせていたように思う。
その中で一目、己だけに向けられた言葉に心中舞い上がったのは言うまでもない。
もうすぐ会えるのだ、と思うと何処か落ち着かなかった。何せ、レハトが成人してから初めて会うのだ。
レハトがレハトであることは変わらないと言うのに、期待と不安が入り混じり、思わず嘆息をついた。
そして、二週後。
レハトの篭りが終わり、書簡により正式に城に呼ばれる事となった。
一つ訝しんだのは、呼ばれた時期が些か半端だったことだ。
通常城に客人を招く際は、大凡月初めに呼ぶことが多い。
しかし、私が呼ばれたのは月も終わる頃だった。
特段それで困ることもないのだが。
……城に赴くのはいつぶりだろうか。
あの場所に良い思いなど微塵も抱いていないが、彼女と話した数々の話は、今だ私の胸に良い記憶として留められている。
「……変わらないな、ここは」
鹿車を進め、漸く城に到着する。来るものを拒むかのような圧倒的な存在感は、私が去り王が変わろうとも健在だった。
現国王にはヴァイルが戴冠している。手紙から察するに、レハトは城に留まり、どうやら学問に励んでいるようだった。
その探究心は好ましい。
あれからどれほどの成長を見せたのか。
鹿車から降りると、足早に目的地へと向かった。
レハトに指定されたのは、王城に誂えられている客室だった。
それほど大きくはなく、軽く歓談をする為の場所だ。
扉の前に着くと、静かに戸を叩く。
どうぞ、と中から軽やかな声が聞こえ、緊張の中ゆっくりと扉を開いた。
……そこには、見目麗しくなったレハトの姿が――
「タナッセー!!会いたかったよー!!」
「ぐわっ!」
突如臍下に衝撃が走り、そのまま床に転げ尻餅をついてしまった。
何も見えない。尻が痛い。
おい、目の前にあるこれはなんだ。この柔らかい…… 柔らか?
「……っ!? だ、おい!」
慌てて目の前の障害物をどけると、果たしてそれはレハトだった。
「わー!会いたかったよー!ねえねえ!ねえねえ!どうどう?私綺麗になった?あ、タナッセどうだった?元気にしてた?そうそう、あのね、お城でね」
「まずは私の上から降りたらどうだ!それに私はそんな一度に答えられるような耳は持っていないからな!」
何も変わっていなかった。
いや、変わった。確かに見目は…… 認めるのが些か悔しいが、流石寵愛者と言うべきか。
並大抵の貴族では太刀打ちできないであろう美しさではある。
が。
「あ、そうだ、ねぇ今日に来てもらったのは理由があってね!って、ねぇタナッセ聞いてる?」
感動もくそもない。
私の期待を返せ。
「だから私の上から降りたらどうなんだ!この城でその頭に何を詰めてきたのだお前は!人に飛びかかるのがお前の礼儀作法か!?」
「わーわー!タナッセの小言懐かしい!変わってないね!」
「人の怒りを懐かしむんじゃない!ほら、降りろ!」
頼むからこれ以上私の幻想をぶち壊さないで欲しい。
はしゃぐレハトをぐったりしながら体からどける。漸く一息つけると思った矢先に、いきなり腕を取られた。
「あのね!あのね!今日ほら、舞踏会だよ!だから呼んだの!私ね、大人なったらぜっったいタナッセと一番最初に踊るって決めてたの!ね!ね!踊ろう?踊るよね!」
「人を振り回すのをやめんか貴様は!」
腕をぶんぶんと振られ肩が外れそうになりながらも、なるほど。この時期に呼ばれたことには合点がいった。
彼女の身なりが真紅のドレスなのも、恐らく舞踏会に向けてなのだろう。
舞踏会の日付を忘れるほどには、私も城の事を忘れていたようだ。と思い、心中で苦笑した。
「だめ?」
「はぁ…… 今更断ったところでお前がごねるだけだろう。分かった、好きにしろ。ただし振り回すな。いいな。それとお前はもう成人したのだからそれ相応の……」
「もー分かってるよー」
本当に分かっているのかこいつは。
私の期待を消し炭同然に吹き飛ばしたレハトに連れられ、舞踏会へと向かった。
相変わらず豪奢な装飾に彩られた、悪趣味とも言える会場。その壇上には現国王のヴァイル登壇し、開始の口上を述べている。
「……久しいな。ここはこんなにも騒がしかったか。まあ、いつも露台にいたゆえ、それほど喧騒に巻き込まれることはなかったのだがな」
「タナッセいつも隅っこにいたもんね。本当は一緒に踊りたかったのに」
「……わざわざ踊るために今日にするなど、お前も暇なのか」
「お互い様です」
生意気な口を、と言いかけたところで俄かに辺りがざわついた。
……そうだ、あまりに馴染み過ぎていて忘れていたが。
彼女は成人したばかりなのだ。公の場に姿を出す度に注目を集めるに決まっている。
わらわらと集まってきた貴族達に、何度も誘いを入れられている。あの様子で断れるのだろうか、と心配するも杞憂だった。
先程とは打って変わり、淑女らしい言動で軽やかに誘いを断っている。
その横顔に先だってまでのあどけなさはなく、成人女性らしい艶やかさを孕んだ笑みを振りまいていた。
「……驚いたな」
「あら、私だってこれでも処世術は嗜んでるのよ?」
流石公の場、ということか。言葉遣いも相応のそれになっていた。
「初めからその態度でいればいいものを……」
「タナッセに遠慮や世辞なんていらないでしょう?それとも必要?」
「生意気な」
減らず口を叩くレハトに呆れていると、会場に音楽が流れ出した。舞踏会の始まりである。
「……お手を」
足を引き、手を差し出すとそこにそっと彼女の手が重ねられた。成人しても、なお小さな手だった。
音楽に合わせ、彼女は軽やかに踊り出す。世辞ではなく、美しかった。それほどまでに、完璧に配役をこなしている。
「もうあまりこういうところで踊ったりしてないんでしょう?」
「そうだな。そのような機会は殆ど設けていない」
「でもさすがね。とっても踊りやすいもの。タナッセかっこいいよ」
「戯言を」
寧ろ、私が踊りやすいのは情けないかな彼女のリードがあるからのような気がしてならない。
適所に流れるように動く体は、自然と私の次の動作を導引する。
こいつには、敵わないな。
そう思い彼女を見ると、何やら不敵な笑みをこぼしていた。
未分化時代の、悪戯をするような。えもいわれぬ不安を抱えていると、出し抜けにぐんと足が想定外の方向に踏み込まれた。
「……っづ、あ!お、お前……!」
「アレンジアレンジ!」
ふふふと零れそうな笑みを浮かべながら、大胆なアレンジを加えたステップを刻んで行く。
正直、着いて行くのが精一杯だ。いや、寧ろついて行ける己を褒めるべきかもしれない。
「やっぱりタナッセってすごい。あのね、今日本当に会えてよかった。私今とっても楽しい!」
今日見た中で、一番の笑顔だった。
その笑顔には、どんな花も空も景色も、霞んで見えることだろう。
「ああ。私も会えてよかった。いや、違うな。……会いたかった。レハト。成人、おめでとう。綺麗になった」
「わあ、タナッセが褒めてくれたー!なら私もっともっと綺麗になるし、踊りも頑張る!」
「ふん、ならばもっとアレンジしてみろ。どんな動きにも着いて行ってやるさ」
「言ったわねー!すっ転げさせて恥かかせてあげるから!」
「やってみろ」
我ながら阿呆な提案だとは思うが、男に二言はない。
翌日の体を思うと少しばかり頭が痛いが、今日くらいは全力でこいつの要望に応えてやろうと思う。
空いていた時間を埋めるように、いつまでもいつまでも踊り続けていた。
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