少しの体温。
- タナッセ愛情。ある雪の日のお話。
今日は心なしか空気が冷えている気がする。
外を見ればどうやら曇っているらしかった。雨が降るのかもしれない。
「今日寒いね」
ぽつりと呟けば「そうだな」と一言だけ返ってくる。他の人から見たら素っ気ない態度に感じるかもしれないが、私はこの距離感が好きだった。
気を遣わなくても良い関係と言うのは実に気楽なものである。
「あーあ、妖精さんがきてお仕事全部やってくれたらいいのに」
「馬鹿かお前は」
大量の書類を前に思わず本音が漏れると、呆れた調子の声が返ってくる。
そこに以前は含まれていた嫌味や憤りは感じられず、彼の態度の軟化に頰が緩んだ。
「口を動かしていないで手を動かせ。所要の書類はまだあるんだぞ」
「はーい」
息抜きにまた外を見ると、ちらちらと何かが舞っている。よくよく目を凝らせば、それはどうやら雪らしい。
「わ、タナッセ!タナッセ、見て見て、雪!雪降ってる!」
「雪?この地域で雪など珍しいな」
少しは興味を引かれたのか、彼がこちらに来て外を覗いている。そこでふと思いついた提案をしてみることにした。
「ねね、外行こうよ、外」
「……はあ?まだ仕事は残っているだろう」
「だって雪珍しいでしょ。お願い。……だめ?」
少しわざとらしかったかもしれない。上目遣いで首を傾けてねだると、喉を鳴らしたあと彼が目を逸らした。
しばらく待っていると「少しだけだぞ」と小さい声で呟かれる。……勝った。
「やった!」
「あ、おい、上着を……!」
彼が何事か叫んだ気がするが、そんな事より今は雪が重要なのだ。彼を一人置いてきぼりにして外へ駆け出した。
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庭に出れば薄っすらと雪が地面に積もっている。
足を踏み鳴らせばきゅっきゅとした感触が心地良く、腕を広げればちらちらと舞い散る雪は指の間を通り抜けて行く。
あと少しもすれば一面銀世界になるのだろう。
試しにその場でくるくると回ってみる。視界で雪が踊る。息が頭上に白く上がっていく。
服の裾に雪が付き、ちょっとした水玉模様のようになった。中々良いと思う。今度市で似たような意匠の服でも探そうか。
「おい」
静かな世界に不機嫌そうな声が割り込んできた。折角雪を堪能していたというのに、無粋な声を発するのは誰か。
横を見れば仏頂面をしたタナッセの顔がある。
「人の話も聞かずに飛び出して…… お前は子供か」
今度は少しだけ憤りが滲んだ声だったように思う。彼は実に分かりやすい。
「どうしても見たかったんだもの。止んじゃったら勿体ないじゃない」
上を向いて口を開ければひんやりとした雪が飛び込んでくる。味は特にしなかった。
「だからと言って…… そんなに手を赤くして、冷えているだろう」
そう言われ手を見下ろすと確かに赤くなっている。はしゃいでいて気が付かなかった。
気付いてしまうと途端に寒さとじんじんと痺れるような痛みが襲ってくる。
「さむーい」
「呆れた」
諦観したような顔で彼がさくさくと雪を踏みしめながらこちらに近づいて来る。
手が伸びてきたかと思うとそっと手のひらを包まれた。
「あったかい」
「……お前の手が冷たいんだろう」
「えへへ……」
痺れが温かさでほぐされていくみたいだ。そう言えばこうして手を繋ぐのはいつ振りだったか。
「その格好では冷える、体に触ったらどうするつもりなんだお前は。昔から考えなしに動く癖を止めたらどうなんだ全く……」
と、ぶつくさ言いながらも優しく肩布で体を包んでくれた。
ふわりと柑橘系だろうか、爽やかな香りが鼻腔に飛び込んでくる。
「タナッセの匂いがするー。あったかーい」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない」
ほこほこと肩布に残った体温を感じているとそんな風に頭を軽く小突かれた。
「ほら、風邪を引く前に戻るぞ」
さりげなく、ごく自然に腰に手を当てて転ばないようにリードしてくれる彼の優しさが好きだ。
「雪もいいね」
「珍しいからか」
「それもあるけど…… タナッセが優しくしてくれるから」
心なしか彼の顔が赤く見えるがきっと寒さのせいではないだろう。
また雪が降る機会を楽しみにしつつ、彼に導かれながら邸に戻った。
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2015.3.13
外を見ればどうやら曇っているらしかった。雨が降るのかもしれない。
「今日寒いね」
ぽつりと呟けば「そうだな」と一言だけ返ってくる。他の人から見たら素っ気ない態度に感じるかもしれないが、私はこの距離感が好きだった。
気を遣わなくても良い関係と言うのは実に気楽なものである。
「あーあ、妖精さんがきてお仕事全部やってくれたらいいのに」
「馬鹿かお前は」
大量の書類を前に思わず本音が漏れると、呆れた調子の声が返ってくる。
そこに以前は含まれていた嫌味や憤りは感じられず、彼の態度の軟化に頰が緩んだ。
「口を動かしていないで手を動かせ。所要の書類はまだあるんだぞ」
「はーい」
息抜きにまた外を見ると、ちらちらと何かが舞っている。よくよく目を凝らせば、それはどうやら雪らしい。
「わ、タナッセ!タナッセ、見て見て、雪!雪降ってる!」
「雪?この地域で雪など珍しいな」
少しは興味を引かれたのか、彼がこちらに来て外を覗いている。そこでふと思いついた提案をしてみることにした。
「ねね、外行こうよ、外」
「……はあ?まだ仕事は残っているだろう」
「だって雪珍しいでしょ。お願い。……だめ?」
少しわざとらしかったかもしれない。上目遣いで首を傾けてねだると、喉を鳴らしたあと彼が目を逸らした。
しばらく待っていると「少しだけだぞ」と小さい声で呟かれる。……勝った。
「やった!」
「あ、おい、上着を……!」
彼が何事か叫んだ気がするが、そんな事より今は雪が重要なのだ。彼を一人置いてきぼりにして外へ駆け出した。
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庭に出れば薄っすらと雪が地面に積もっている。
足を踏み鳴らせばきゅっきゅとした感触が心地良く、腕を広げればちらちらと舞い散る雪は指の間を通り抜けて行く。
あと少しもすれば一面銀世界になるのだろう。
試しにその場でくるくると回ってみる。視界で雪が踊る。息が頭上に白く上がっていく。
服の裾に雪が付き、ちょっとした水玉模様のようになった。中々良いと思う。今度市で似たような意匠の服でも探そうか。
「おい」
静かな世界に不機嫌そうな声が割り込んできた。折角雪を堪能していたというのに、無粋な声を発するのは誰か。
横を見れば仏頂面をしたタナッセの顔がある。
「人の話も聞かずに飛び出して…… お前は子供か」
今度は少しだけ憤りが滲んだ声だったように思う。彼は実に分かりやすい。
「どうしても見たかったんだもの。止んじゃったら勿体ないじゃない」
上を向いて口を開ければひんやりとした雪が飛び込んでくる。味は特にしなかった。
「だからと言って…… そんなに手を赤くして、冷えているだろう」
そう言われ手を見下ろすと確かに赤くなっている。はしゃいでいて気が付かなかった。
気付いてしまうと途端に寒さとじんじんと痺れるような痛みが襲ってくる。
「さむーい」
「呆れた」
諦観したような顔で彼がさくさくと雪を踏みしめながらこちらに近づいて来る。
手が伸びてきたかと思うとそっと手のひらを包まれた。
「あったかい」
「……お前の手が冷たいんだろう」
「えへへ……」
痺れが温かさでほぐされていくみたいだ。そう言えばこうして手を繋ぐのはいつ振りだったか。
「その格好では冷える、体に触ったらどうするつもりなんだお前は。昔から考えなしに動く癖を止めたらどうなんだ全く……」
と、ぶつくさ言いながらも優しく肩布で体を包んでくれた。
ふわりと柑橘系だろうか、爽やかな香りが鼻腔に飛び込んでくる。
「タナッセの匂いがするー。あったかーい」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない」
ほこほこと肩布に残った体温を感じているとそんな風に頭を軽く小突かれた。
「ほら、風邪を引く前に戻るぞ」
さりげなく、ごく自然に腰に手を当てて転ばないようにリードしてくれる彼の優しさが好きだ。
「雪もいいね」
「珍しいからか」
「それもあるけど…… タナッセが優しくしてくれるから」
心なしか彼の顔が赤く見えるがきっと寒さのせいではないだろう。
また雪が降る機会を楽しみにしつつ、彼に導かれながら邸に戻った。
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2015.3.13