花開く前に
- 成人前に分化したレハトとタナッセのお話。
黒の月赤の週五日。
レハトの体は篭りを迎える前に、女性のものへと変化していた。
原因は定かではないが、恐らくあの忌まわしい儀式のせいだろう。
成人前の分化自体はそれ程珍しくないものの、原因が原因だけに気掛かりでならなかった。
「あ、タナッセ。今日も来てくれたんだ」
「……まあな。お前が馬鹿騒ぎをして倒れでもされたら面倒だからな。見張りに来ただけだ」
「そんなこと言って。でも嬉しいやえへへ……」
倒れられると面倒なのは本音だった。
ただでさえこいつは体が不安定だというのに、無理でもして悪化したと思うと怖気がする。
同時に、建前でもあった。
こんな目に遭っても私を好いてくれるこいつを、どうしてか見ていたかったのだ。
そんな私の心中など何も知らない顔で、レハトはへらへらと笑っている。
「ねね、なんかお話してよ」
「またか。そうだな……」
他愛もない話だ。
ディットンのこと、母上のこと、ヤニエ師のこと。
幼い頃のヴァイルやユリリエの話、そして私の話。
ただ淡々と話しているだけだったが、レハトは興味深そうに耳を傾けてくれた。
今まで私の話を聞いてくれた者がいただろうか、と考え胸中で自嘲した。
いる訳がない。
私にとってこいつの存在は何もかもが過去のそれらと一線を成していた。
「と、些か喋りすぎてしまったか。あまり長居するとお前の体にも障る、私はそろそろ失礼させてもらおう」
「もう行っちゃうの?まだいればいいのに」
寂しそうな顔だった。
大凡、訪ねてくる者もいないのだろう。今のレハトの状態を鑑みれば至極当然の事だと思える。
その顔にどこか後ろ髪引かれる思いをしながらも、席を立とうとした時だった。
「タナッセ、ちゅーしてくれない?」
「……は?」
私が聞いたのは幻聴か。
それとも聞き間違いか言い間違いか。
「タナッセが口付けてくれたの、地下湖の一回だけでしょう?暫く会えなくなっちゃうから、して欲しいなって…… だめ?」
どうやらそのいずれでもなかったらしい。
やけにしおらしい態度に一瞬心が揺れながらも、何とか否定の言葉を捻り出す。
「子供じゃあるまい……」
が、思わず口から飛び出した言の葉の意味に気が付き、言葉尻が窄んだ。
私は何を言ってしまったのか。
「あ…… いや、その。今のは…… 失言だった、すまない」
レハトはまだ子供だ。ただ体が早熟だっただけであって。
その原因が己かもしれないというのに、何と浅慮なことを口走ったのだろう。
「そうだね。私、子供じゃないね」
だが、返ってきたのはその言葉に対する肯定だった。
「タナッセ」
妙に艶のある、飴玉を転がすような甘ったるい声。
こいつは、こんな声で私を呼んだだろうか。
「お願い…… キスして?」
いつの間に近くに来ていたのか、私の胸にしな垂れ掛かるようにレハトが身を寄せていた。
分化して仄かに肉付きの良い肢体に、熱っぽく潤んだ瞳で見上げられると、頭の中が焼かれるように熱くなる。
やめろ。そんな、子供らしくもない。
そう思っていながら、どこか高揚感を覚える己がいた。
……ああ、恐らく、私は道を踏み外すのだろう。
「んっ……」
唇に温かいものが触れた。
ここで引き剥がしてしまえば良かったのかもしれない。
しかし、僅かに胸に掛かる体重も、小さな唇も心地がよく、そんな気は薄れていた。
「ふ……」
ぎこちなくレハトの体が動いた。
……違う、そうじゃない。
きっと、体は分化しようとも中身は子供のままであるこいつは知らないのだ。
だから、教えてやらねばならない。こうするのだ、と。
「ん…… んん、は」
「……満足したか」
そっと唇を離すと何がそんなに嬉しいのか、締まりのない顔でこちらを見ていた。
「うん。……えへへ、私まだ子供だったみたい」
そうだ、これで中身まで成人したと言われたら私が困る。
成人には相応の準備が必要なのだから。レハトにも、そして私にも。
「大人の事、もっと教えてね」
言われずとも、近い内に経験することになるだろう。
成人、というものを。
その日私は何を思うのだろうか、と胸中で考えつつそっと部屋を後にした。
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2015.5.21
レハトの体は篭りを迎える前に、女性のものへと変化していた。
原因は定かではないが、恐らくあの忌まわしい儀式のせいだろう。
成人前の分化自体はそれ程珍しくないものの、原因が原因だけに気掛かりでならなかった。
「あ、タナッセ。今日も来てくれたんだ」
「……まあな。お前が馬鹿騒ぎをして倒れでもされたら面倒だからな。見張りに来ただけだ」
「そんなこと言って。でも嬉しいやえへへ……」
倒れられると面倒なのは本音だった。
ただでさえこいつは体が不安定だというのに、無理でもして悪化したと思うと怖気がする。
同時に、建前でもあった。
こんな目に遭っても私を好いてくれるこいつを、どうしてか見ていたかったのだ。
そんな私の心中など何も知らない顔で、レハトはへらへらと笑っている。
「ねね、なんかお話してよ」
「またか。そうだな……」
他愛もない話だ。
ディットンのこと、母上のこと、ヤニエ師のこと。
幼い頃のヴァイルやユリリエの話、そして私の話。
ただ淡々と話しているだけだったが、レハトは興味深そうに耳を傾けてくれた。
今まで私の話を聞いてくれた者がいただろうか、と考え胸中で自嘲した。
いる訳がない。
私にとってこいつの存在は何もかもが過去のそれらと一線を成していた。
「と、些か喋りすぎてしまったか。あまり長居するとお前の体にも障る、私はそろそろ失礼させてもらおう」
「もう行っちゃうの?まだいればいいのに」
寂しそうな顔だった。
大凡、訪ねてくる者もいないのだろう。今のレハトの状態を鑑みれば至極当然の事だと思える。
その顔にどこか後ろ髪引かれる思いをしながらも、席を立とうとした時だった。
「タナッセ、ちゅーしてくれない?」
「……は?」
私が聞いたのは幻聴か。
それとも聞き間違いか言い間違いか。
「タナッセが口付けてくれたの、地下湖の一回だけでしょう?暫く会えなくなっちゃうから、して欲しいなって…… だめ?」
どうやらそのいずれでもなかったらしい。
やけにしおらしい態度に一瞬心が揺れながらも、何とか否定の言葉を捻り出す。
「子供じゃあるまい……」
が、思わず口から飛び出した言の葉の意味に気が付き、言葉尻が窄んだ。
私は何を言ってしまったのか。
「あ…… いや、その。今のは…… 失言だった、すまない」
レハトはまだ子供だ。ただ体が早熟だっただけであって。
その原因が己かもしれないというのに、何と浅慮なことを口走ったのだろう。
「そうだね。私、子供じゃないね」
だが、返ってきたのはその言葉に対する肯定だった。
「タナッセ」
妙に艶のある、飴玉を転がすような甘ったるい声。
こいつは、こんな声で私を呼んだだろうか。
「お願い…… キスして?」
いつの間に近くに来ていたのか、私の胸にしな垂れ掛かるようにレハトが身を寄せていた。
分化して仄かに肉付きの良い肢体に、熱っぽく潤んだ瞳で見上げられると、頭の中が焼かれるように熱くなる。
やめろ。そんな、子供らしくもない。
そう思っていながら、どこか高揚感を覚える己がいた。
……ああ、恐らく、私は道を踏み外すのだろう。
「んっ……」
唇に温かいものが触れた。
ここで引き剥がしてしまえば良かったのかもしれない。
しかし、僅かに胸に掛かる体重も、小さな唇も心地がよく、そんな気は薄れていた。
「ふ……」
ぎこちなくレハトの体が動いた。
……違う、そうじゃない。
きっと、体は分化しようとも中身は子供のままであるこいつは知らないのだ。
だから、教えてやらねばならない。こうするのだ、と。
「ん…… んん、は」
「……満足したか」
そっと唇を離すと何がそんなに嬉しいのか、締まりのない顔でこちらを見ていた。
「うん。……えへへ、私まだ子供だったみたい」
そうだ、これで中身まで成人したと言われたら私が困る。
成人には相応の準備が必要なのだから。レハトにも、そして私にも。
「大人の事、もっと教えてね」
言われずとも、近い内に経験することになるだろう。
成人、というものを。
その日私は何を思うのだろうか、と胸中で考えつつそっと部屋を後にした。
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2015.5.21