変わる体。
- タナッセ裏切り。納得できないタナッセとレハトのお話。
浮かれていたのかもしれない。
あいつが篭りから出てくる日を今か今かと待っていた。
どんな姿になっているのかと夢想し、来る日も来る日も鳥文を待ち続けた。
そして漸く一報が届く。
レハトは男性になった、と。
何の冗談かと我が目を疑った。
宛名を見間違えたか、それとも宛先が間違っていたのか。
ああこれは私宛のものではないと信じたかった。
しかしそこには紛れもなく「レハト」の字が綴られている。
男性。
私と同じ性別である。
リタントにおいて同性愛は許されていない。つまり、そういう事……なのか、と。
何かの間違いだろうと思いたかった。あいつに限って、そんな事はないと。
鹿車を急がせ城に着けば、辺りの視線がやたらと刺さった。
無論、己の評価が芳しくないことなどとうに理解している。
しかし、向けられる視線は侮蔑というよりも寧ろ憐憫を含んでいるように見えた。
レハトに会いたい。
その申し出が許可されることはなかった。レハトが私に会いたくないのだという。
何故なのだ。
何故、会ってはくれないのか。
男性になったという一報は本当なのか。何故裏切るようなことを。
不満と焦燥が胸を焼く。
レハトは、やはり私のことを赦していなかったのかもしれない。
「ははは」
乾いた嗤いが喉から出た。
私は何を期待していたのだろう。
あれだけのことをしでかした私が、あいつを手に入れられるとでも思ったのか。
自惚れるな。
私はレハトにとって負担だったのだ。
きっとこれで奴も清々した事だろう。
絆されて愛を囁き期待に満ちていた私はさぞ滑稽だったに違いない。
「はは、全く馬鹿らしい…… 期待など、するのではなかった。そんなもの……」
それでも待っていた。
また共に歩める日を待っていた。
隣を歩いてくれると信じていた。
きっとあれは幻だったのだ。全て、私の幻想に過ぎなかった。
愛している、と伝えるはずだった言葉は風に掻き消え二度と戻らなかった。
------------------------------------------------------------------------------
あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。
未だレハトに会うことは叶わなかった。
いや、もう会わないほうが良いのだろう。
男性を選んだということは、つまり私に会いたくないという無言の、そして決定的な意思表示である。
だのに、私は城から離れられないでいる。あいつの言葉を聞くまでは。
何度か面会を請うも、悉く却下されてしまう。
理由は全て「レハトが会いたくないから」と言うものだった。
もはや顔すらも見たくないということか。そこまで嫌われていたのか、と思わず苦笑した。
それなのに私はなんと浮かれていたのだろう。
……ほんの些細なことで良い。
それが拒絶でも構わない。
侮蔑だとしても受け止めよう。
ただ一度で良いから、レハトの言葉が聞きたかった。
レハトの口から言葉が聞きたかった。
「会っては、くれないのか」
扉越しに話掛ける。この声が届いているかは分からない。
部屋の中からは何の物音もしなかった。
……逃げることは容易い。
あんなものはなかったのだと。貪婪な願望が見せた幻だったのだと。
迂遠な復讐なのだと。愛してなどいなかったのだと。
理由を並べ立てることはいくらでもできた。
それでも、忘れようとすればするほど、呪詛のようにそれは胸に渦巻く。
他愛のない会話が好きだった。詩を褒めてくれる事が嬉しかった。
中庭で歩いたことも、勉強を教えたことも、茶を嗜んだことも。
こんな私を受け入れてくれたことも。
何もかもが。
「何も言ってはくれないのか……?」
物音がしたと思うと、固く閉ざされていた扉が開いた。
来訪の鐘がちりんと軽い音を立てる。
「……久しぶりだね、タナッセ」
いつ振りだろうか。こいつの顔を見たのは。
最後の日に会ったきりだった気がする。
背丈は私よりも高く、幅広な体は何処から見ても男性そのものだった。
部屋に通され椅子に座る。
レハトは黙って私を見ていた。ああ、私から、切り出さねば。
「……男性、か。大方、私との婚約も本気ではなかったのだろう。……勝手に浮かれていてすまなかった。
負担になっていたのなら謝ろう。……もう二度と、会うことも無いだろうが」
口を開けば濁流の様に言葉が流れ出る。
己でも何を言っているのか分からない。
「ただ一つ、教えてくれないか」
「どうして、男性になった」
凡そ察しはついている。
私を疎んでいたからだろう。
それでもレハトの口から聞きたい。そうすればきっと、諦めが付く。
しかし返ってきたのは望んでいた答えとは違うものだった。
「女性になりたかった」と。
私と結婚したかったのだと。
困惑した。なら何故男性になったのか。
「嘘をつくな……!男性で、男性である私と結婚できるわけがないだろう!そこまで私を馬鹿にするのか!」
思わず言葉が荒げた。
私と結婚したいのならば何故男性になったのか。
女性になりたいのならばなれば良かったのだ。
そうすれば私は。
堰を切ったように糾弾が溢れ出す。
レハトの顔がみるみる歪んだ。
女性になれなかった。
今にも溢れて消えてしまいそうなほど小さな呟きだった。
本当に女性になりたかったのに、宣誓もしたのに、体は男性にみるみる変わっていったのだという。
裏切るつもりなどなかったのだと。どんな顔をして会えば良いのか分からなかったのだと。
この世は理不尽に満ち溢れている。
私のやりようのない気持ちは、レハトも感じているのかもしれない。
いったいどこにこの気持ちをぶつければ良いのだろう。
私のはただの八つ当たりだ。レハトも被害者である。
神がいるのなら、どうしてこんな運命ばかり見せるのか。
この世は理不尽に満ち溢れている。
私より背の高くなったレハトは、今や身を縮めとても小さく見えた。
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2015.6.2 6月2日は裏切りの日
あいつが篭りから出てくる日を今か今かと待っていた。
どんな姿になっているのかと夢想し、来る日も来る日も鳥文を待ち続けた。
そして漸く一報が届く。
レハトは男性になった、と。
何の冗談かと我が目を疑った。
宛名を見間違えたか、それとも宛先が間違っていたのか。
ああこれは私宛のものではないと信じたかった。
しかしそこには紛れもなく「レハト」の字が綴られている。
男性。
私と同じ性別である。
リタントにおいて同性愛は許されていない。つまり、そういう事……なのか、と。
何かの間違いだろうと思いたかった。あいつに限って、そんな事はないと。
鹿車を急がせ城に着けば、辺りの視線がやたらと刺さった。
無論、己の評価が芳しくないことなどとうに理解している。
しかし、向けられる視線は侮蔑というよりも寧ろ憐憫を含んでいるように見えた。
レハトに会いたい。
その申し出が許可されることはなかった。レハトが私に会いたくないのだという。
何故なのだ。
何故、会ってはくれないのか。
男性になったという一報は本当なのか。何故裏切るようなことを。
不満と焦燥が胸を焼く。
レハトは、やはり私のことを赦していなかったのかもしれない。
「ははは」
乾いた嗤いが喉から出た。
私は何を期待していたのだろう。
あれだけのことをしでかした私が、あいつを手に入れられるとでも思ったのか。
自惚れるな。
私はレハトにとって負担だったのだ。
きっとこれで奴も清々した事だろう。
絆されて愛を囁き期待に満ちていた私はさぞ滑稽だったに違いない。
「はは、全く馬鹿らしい…… 期待など、するのではなかった。そんなもの……」
それでも待っていた。
また共に歩める日を待っていた。
隣を歩いてくれると信じていた。
きっとあれは幻だったのだ。全て、私の幻想に過ぎなかった。
愛している、と伝えるはずだった言葉は風に掻き消え二度と戻らなかった。
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あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。
未だレハトに会うことは叶わなかった。
いや、もう会わないほうが良いのだろう。
男性を選んだということは、つまり私に会いたくないという無言の、そして決定的な意思表示である。
だのに、私は城から離れられないでいる。あいつの言葉を聞くまでは。
何度か面会を請うも、悉く却下されてしまう。
理由は全て「レハトが会いたくないから」と言うものだった。
もはや顔すらも見たくないということか。そこまで嫌われていたのか、と思わず苦笑した。
それなのに私はなんと浮かれていたのだろう。
……ほんの些細なことで良い。
それが拒絶でも構わない。
侮蔑だとしても受け止めよう。
ただ一度で良いから、レハトの言葉が聞きたかった。
レハトの口から言葉が聞きたかった。
「会っては、くれないのか」
扉越しに話掛ける。この声が届いているかは分からない。
部屋の中からは何の物音もしなかった。
……逃げることは容易い。
あんなものはなかったのだと。貪婪な願望が見せた幻だったのだと。
迂遠な復讐なのだと。愛してなどいなかったのだと。
理由を並べ立てることはいくらでもできた。
それでも、忘れようとすればするほど、呪詛のようにそれは胸に渦巻く。
他愛のない会話が好きだった。詩を褒めてくれる事が嬉しかった。
中庭で歩いたことも、勉強を教えたことも、茶を嗜んだことも。
こんな私を受け入れてくれたことも。
何もかもが。
「何も言ってはくれないのか……?」
物音がしたと思うと、固く閉ざされていた扉が開いた。
来訪の鐘がちりんと軽い音を立てる。
「……久しぶりだね、タナッセ」
いつ振りだろうか。こいつの顔を見たのは。
最後の日に会ったきりだった気がする。
背丈は私よりも高く、幅広な体は何処から見ても男性そのものだった。
部屋に通され椅子に座る。
レハトは黙って私を見ていた。ああ、私から、切り出さねば。
「……男性、か。大方、私との婚約も本気ではなかったのだろう。……勝手に浮かれていてすまなかった。
負担になっていたのなら謝ろう。……もう二度と、会うことも無いだろうが」
口を開けば濁流の様に言葉が流れ出る。
己でも何を言っているのか分からない。
「ただ一つ、教えてくれないか」
「どうして、男性になった」
凡そ察しはついている。
私を疎んでいたからだろう。
それでもレハトの口から聞きたい。そうすればきっと、諦めが付く。
しかし返ってきたのは望んでいた答えとは違うものだった。
「女性になりたかった」と。
私と結婚したかったのだと。
困惑した。なら何故男性になったのか。
「嘘をつくな……!男性で、男性である私と結婚できるわけがないだろう!そこまで私を馬鹿にするのか!」
思わず言葉が荒げた。
私と結婚したいのならば何故男性になったのか。
女性になりたいのならばなれば良かったのだ。
そうすれば私は。
堰を切ったように糾弾が溢れ出す。
レハトの顔がみるみる歪んだ。
女性になれなかった。
今にも溢れて消えてしまいそうなほど小さな呟きだった。
本当に女性になりたかったのに、宣誓もしたのに、体は男性にみるみる変わっていったのだという。
裏切るつもりなどなかったのだと。どんな顔をして会えば良いのか分からなかったのだと。
この世は理不尽に満ち溢れている。
私のやりようのない気持ちは、レハトも感じているのかもしれない。
いったいどこにこの気持ちをぶつければ良いのだろう。
私のはただの八つ当たりだ。レハトも被害者である。
神がいるのなら、どうしてこんな運命ばかり見せるのか。
この世は理不尽に満ち溢れている。
私より背の高くなったレハトは、今や身を縮めとても小さく見えた。
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2015.6.2 6月2日は裏切りの日