紡ぐ言の葉、繋ぐ想い
- タナッセが想いを伝えるお話。
彼が私と結婚してから一年が経とうとしていた。
タナッセは領主としての務めにも慣れ、私も妻として彼の補佐に勤しむ毎日だ。
最初こそ彼の元々の評判から、領主としての能力を訝しむ者もいたが
そんな揶揄など気にも留めず、地道な下積みを重ね、今では良く地を治めていると私の目にも映っている。
そんな落ち着いた時期を見計らってか、現国王――ヴァイルから城で会食をしないかと書簡が届いた。
ヴァイルもヴァイルで王になってまだ一年である、たまには息抜きもしたいのかもしれない。
やはり城にはいい印象を抱いていないからか、タナッセはあまり乗り気な顔は見せない。
しかし、これでも元王族で現領主である。たまには顔を出すべきだ、と諭せば渋々了承してくれた。
「……城などもう戻らないと思っていた」
「お城嫌いだったもんね。でも、ヴァイルと食事は楽しみだなぁ」
おいしいものでるかな、といえば
「王との会食だぞ。いいか、くれぐれも慎みを持て。お前はただでさえ羞恥が足りないのだからな」と。
最近の彼は態度が随分と軟化したように見えるが、それでも時折こういうことを言ってくる。
厭味さえ言わなければ容姿も相まって完璧なのに、とそっと胸中で呟いた。
------------------------------------------------------------------------------
「で、タナッセ達は最近どうなの?悪い噂とかは聞かないから、うまくやってるんだろうけど」
会食で久々に顔を合わせたヴァイルは、記憶より随分と背が伸びていた。
未分化特有のしなやかな体は、今や男性らしい筋張ってがっしりとした体躯になっている。
「もう大変!元々肥沃な土地って訳でもなかったから、結構領民から嘆願が多くて……」
「あー…… あそこらへんはそうかもね。でも特産物あったでしょ、確か」
「財政はそれで何とかしているがな、如何せん私も勉強不足が否めない」
領主というのは難しい仕事だ、と補佐をしていても良く分かる。
領民からの嘆願受け入れ、他の領主との会合、税の取り立て、交易、開墾、外交……その他沢山。
良く彼は文句の一つも言わずにこなしていると思う。私だったら投げ出していそうだ。
「あ、でもね!タナッセすごいんだよ、この前だって新しく開墾して領民に――」
暫くは現状を鼎談しあった。
時折他愛のない話も挟みながら、会食は進む。
そうしているうちに、侍従頭と思える人物がヴァイルを呼びに来た。
どうやら、ヴァイルはそろそろ席を外さなければならないらしい。
「あーあ、ほんとやんなっちゃうよね。もう少し息抜きくらいさせて欲しいよ」
「王がそんな事でどうする。臣下に呆れられるぞ」
この二人は相変わらずだ。仲が悪く見えるが、本当はお互いに思いあっているからこそ言い合えるのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ二人の仲に嫉妬した。私も、本音の言い合いなら負けていない……はずだ。
会食の間も彼は楽しそうで、普段あまり食べないというのによく食事を摘まんでいたもの雰囲気ゆえかもしれない。
随分とお酒にも手を付けていた気がする。大丈夫だろうか。
「それじゃ、タナッセもレハトも元気でね。また機会があったら俺の事訪ねてきてよ」
手を振るヴァイルを見ながら、次に会えるのは何時だろうとぼんやり考えた。
------------------------------------------------------------------------------
まだ辺りは明るく、煌々と陽が射している。
久々の城ということで、彼に少し見て回らないかと提案する。
良く行った中庭を見たいと言えば、タナッセは逡巡した後頷いてくれた。
中庭までの道中、彼と隣り合って歩く。
「あいつは変わっていないな。全く、あれでも王だというのに。この国の沽券に関わったらどうするつもりなのか」
何やら先程からぶつくさと文句を垂れている。
しかし、その顔はどこか嬉しそうだ。もしかしたら彼も、ヴァイルに会えて嬉しかったのかもしれない。
ほんのりと頬を上気させ、締まりに欠ける顔で楽しげに話す彼は少し珍しい。
「タナッセ何だか嬉しそう」
「何がだ。私はこの国の未来を心配しているのだぞ」
そう言いながらも、やはり楽しそうに話している。
元々良く喋る人だったが、今日はいつも以上に饒舌だ。
気付けば、少し彼の足取りが覚束ない様に見える。頭もふらふらと前後に揺れているような。
……もしかして。
「……タナッセ、酔ってる?」
途端に彼はむっとした顔になった。
まるで、酔ってなどいないと言いたげに。
「馬鹿にしているのか?」
「馬鹿にはしてないよ。ただ、今日すごく飲んでたでしょう?」
「自分の程度くらい理解している。酔いなどするか」
確かに普段の彼ならそうだろう。嗜む程度で、ほろ酔いすら見たことがない気がする。
でも今の彼はやはりどこかふわふわとした印象を受ける。
顔が心なしか赤く見えるのも、憤怒のせいではないだろう。
「中庭に行くんだろう」
「あ、待って待って!」
仏頂面を浮かべたまま、彼はすたすたと歩いて行ってしまった。
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何とか中庭の長椅子まで辿り着くと、タナッセは足を組んで仏頂面を張り付けたまま椅子に座っていた。
その隣に腰を下ろすと、酔っていないからな、と早速小言が飛んでくる。
素直じゃないんだから。
暫くは普通に話していたものの、睡魔が襲ってきているのか彼はこくりこくりを船を漕いでいた。
天気も良く日差しも暖かい今日は、昼寝にはまさに絶好の日和だろう。
「タナッセ」
「……何だ」
「眠いんじゃないの?」
そんな訳があるか、と小さい声で反論されるものの、どう見ても彼は今にも寝てしまいそうに見えた。
体が少し前のめりになるタイミングで、彼の体を自分側に引き寄せる。
ぽすっと、何の抵抗もなく彼の体は私の腕の中に納まった。
いつもなら、何をするとかやめろとか言ってくるのに。
腕の中では彼の微かな吐息と、とくとくとゆっくりした鼓動が伝わってくる。
瞼は殆ど下がっているし、やはり眠たいのだろう。
「いつもお疲れ様。ゆっくり休んでね」
薄縹色のさらさらとした指通りの良い髪を撫でる。
二、三回と繰り返していると、タナッセの手が私の服を掴んだ。
額を胸に押し付けるようにして、やたらと密着してくる。勿論、悪い気分ではない。
「レハト」
普段舌鋒鋭い彼が、舌足らずに言葉を口にした。
擦りつけるように頭を当てられるとくすぐったい。
「今日は良い天気だ」
「そうだね」
「あたたかい」
「うん」
これは。甘えているのだろうか。
彼が酔った姿なんてそうそう見られるものではない。何だか可愛らしい。
くつくつと笑いながら頭を撫でていると、不意に彼が顔をあげた。
その顔はやけに真剣で、子供の様な扱いをしたことを怒っているのかと思ったくらいだ。
しかし、紡がれた言葉は罵倒でも憤りでもなかった。
「ありがとう」
「……へ?」
出し抜けに何を言うのだろう。私は感謝されるようなことなんて、していないのに。
「どうしたの?」
「いや…… ただ、伝えたかっただけだ。……それだけだ」
そういうと、またも脱力したように私の胸に顔を預けてしまう。
酔っているからだろうか。それとも、ぽかぽか陽気にあてられたのだろうか。
満足そうな顔をして、私の胸元でいい塩梅の位置を探すようにもぞもぞと動いている。
まるで親猫に寄り添う子猫みたいだ。
「レハト」
「なあに」
「……嬉しかったんだ」
今度は聞き返すことはしなかった。多分、彼も聞き返されるのは望んでいないだろうから。
「今回の登城も…… お前がいなければ恐らく断っていただろう。お前の存在には感謝している。とても」
「それを言うなら私もだよ。タナッセといると楽しいもの」
私の服を掴む力が強くなった気がする。
「……お前が、私の申し出を受けてくれた時…… 信じられなかった。あんなことを仕出かした私を、赦すのかと」
「……うん」
「逃げないで受け入れてくれたことがとても…… 私にとっては嬉しかった。今もこうして傍にいてくれることに、どれだけ救われているか」
首を横に振る。私も、彼にどれだけ救われているだろう。
「笑いかけてくれることも、柔らかさも、温かさも、全てが新鮮だった。ありがとう、傍にいてくれて。……愛してる」
こんなこと、素面では言えないな、と彼が笑った。優しい笑顔だ。
タナッセは普段、滅多に愛してるなんて言ってくれない。
人前ではしたないとか、言わなくてもいいとか、言い訳ばかりで、私が抱き着く事だって怒るのに。
嬉しくてぎゅうと抱きしめたら彼の体は少し熱かった。私の体も熱いかもしれない。
「えへへ…… ずっと一緒にいてね」
彼はもう一度笑いかけると、腕の中で眠りに落ちた。
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2015.6.14
タナッセは領主としての務めにも慣れ、私も妻として彼の補佐に勤しむ毎日だ。
最初こそ彼の元々の評判から、領主としての能力を訝しむ者もいたが
そんな揶揄など気にも留めず、地道な下積みを重ね、今では良く地を治めていると私の目にも映っている。
そんな落ち着いた時期を見計らってか、現国王――ヴァイルから城で会食をしないかと書簡が届いた。
ヴァイルもヴァイルで王になってまだ一年である、たまには息抜きもしたいのかもしれない。
やはり城にはいい印象を抱いていないからか、タナッセはあまり乗り気な顔は見せない。
しかし、これでも元王族で現領主である。たまには顔を出すべきだ、と諭せば渋々了承してくれた。
「……城などもう戻らないと思っていた」
「お城嫌いだったもんね。でも、ヴァイルと食事は楽しみだなぁ」
おいしいものでるかな、といえば
「王との会食だぞ。いいか、くれぐれも慎みを持て。お前はただでさえ羞恥が足りないのだからな」と。
最近の彼は態度が随分と軟化したように見えるが、それでも時折こういうことを言ってくる。
厭味さえ言わなければ容姿も相まって完璧なのに、とそっと胸中で呟いた。
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「で、タナッセ達は最近どうなの?悪い噂とかは聞かないから、うまくやってるんだろうけど」
会食で久々に顔を合わせたヴァイルは、記憶より随分と背が伸びていた。
未分化特有のしなやかな体は、今や男性らしい筋張ってがっしりとした体躯になっている。
「もう大変!元々肥沃な土地って訳でもなかったから、結構領民から嘆願が多くて……」
「あー…… あそこらへんはそうかもね。でも特産物あったでしょ、確か」
「財政はそれで何とかしているがな、如何せん私も勉強不足が否めない」
領主というのは難しい仕事だ、と補佐をしていても良く分かる。
領民からの嘆願受け入れ、他の領主との会合、税の取り立て、交易、開墾、外交……その他沢山。
良く彼は文句の一つも言わずにこなしていると思う。私だったら投げ出していそうだ。
「あ、でもね!タナッセすごいんだよ、この前だって新しく開墾して領民に――」
暫くは現状を鼎談しあった。
時折他愛のない話も挟みながら、会食は進む。
そうしているうちに、侍従頭と思える人物がヴァイルを呼びに来た。
どうやら、ヴァイルはそろそろ席を外さなければならないらしい。
「あーあ、ほんとやんなっちゃうよね。もう少し息抜きくらいさせて欲しいよ」
「王がそんな事でどうする。臣下に呆れられるぞ」
この二人は相変わらずだ。仲が悪く見えるが、本当はお互いに思いあっているからこそ言い合えるのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ二人の仲に嫉妬した。私も、本音の言い合いなら負けていない……はずだ。
会食の間も彼は楽しそうで、普段あまり食べないというのによく食事を摘まんでいたもの雰囲気ゆえかもしれない。
随分とお酒にも手を付けていた気がする。大丈夫だろうか。
「それじゃ、タナッセもレハトも元気でね。また機会があったら俺の事訪ねてきてよ」
手を振るヴァイルを見ながら、次に会えるのは何時だろうとぼんやり考えた。
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まだ辺りは明るく、煌々と陽が射している。
久々の城ということで、彼に少し見て回らないかと提案する。
良く行った中庭を見たいと言えば、タナッセは逡巡した後頷いてくれた。
中庭までの道中、彼と隣り合って歩く。
「あいつは変わっていないな。全く、あれでも王だというのに。この国の沽券に関わったらどうするつもりなのか」
何やら先程からぶつくさと文句を垂れている。
しかし、その顔はどこか嬉しそうだ。もしかしたら彼も、ヴァイルに会えて嬉しかったのかもしれない。
ほんのりと頬を上気させ、締まりに欠ける顔で楽しげに話す彼は少し珍しい。
「タナッセ何だか嬉しそう」
「何がだ。私はこの国の未来を心配しているのだぞ」
そう言いながらも、やはり楽しそうに話している。
元々良く喋る人だったが、今日はいつも以上に饒舌だ。
気付けば、少し彼の足取りが覚束ない様に見える。頭もふらふらと前後に揺れているような。
……もしかして。
「……タナッセ、酔ってる?」
途端に彼はむっとした顔になった。
まるで、酔ってなどいないと言いたげに。
「馬鹿にしているのか?」
「馬鹿にはしてないよ。ただ、今日すごく飲んでたでしょう?」
「自分の程度くらい理解している。酔いなどするか」
確かに普段の彼ならそうだろう。嗜む程度で、ほろ酔いすら見たことがない気がする。
でも今の彼はやはりどこかふわふわとした印象を受ける。
顔が心なしか赤く見えるのも、憤怒のせいではないだろう。
「中庭に行くんだろう」
「あ、待って待って!」
仏頂面を浮かべたまま、彼はすたすたと歩いて行ってしまった。
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何とか中庭の長椅子まで辿り着くと、タナッセは足を組んで仏頂面を張り付けたまま椅子に座っていた。
その隣に腰を下ろすと、酔っていないからな、と早速小言が飛んでくる。
素直じゃないんだから。
暫くは普通に話していたものの、睡魔が襲ってきているのか彼はこくりこくりを船を漕いでいた。
天気も良く日差しも暖かい今日は、昼寝にはまさに絶好の日和だろう。
「タナッセ」
「……何だ」
「眠いんじゃないの?」
そんな訳があるか、と小さい声で反論されるものの、どう見ても彼は今にも寝てしまいそうに見えた。
体が少し前のめりになるタイミングで、彼の体を自分側に引き寄せる。
ぽすっと、何の抵抗もなく彼の体は私の腕の中に納まった。
いつもなら、何をするとかやめろとか言ってくるのに。
腕の中では彼の微かな吐息と、とくとくとゆっくりした鼓動が伝わってくる。
瞼は殆ど下がっているし、やはり眠たいのだろう。
「いつもお疲れ様。ゆっくり休んでね」
薄縹色のさらさらとした指通りの良い髪を撫でる。
二、三回と繰り返していると、タナッセの手が私の服を掴んだ。
額を胸に押し付けるようにして、やたらと密着してくる。勿論、悪い気分ではない。
「レハト」
普段舌鋒鋭い彼が、舌足らずに言葉を口にした。
擦りつけるように頭を当てられるとくすぐったい。
「今日は良い天気だ」
「そうだね」
「あたたかい」
「うん」
これは。甘えているのだろうか。
彼が酔った姿なんてそうそう見られるものではない。何だか可愛らしい。
くつくつと笑いながら頭を撫でていると、不意に彼が顔をあげた。
その顔はやけに真剣で、子供の様な扱いをしたことを怒っているのかと思ったくらいだ。
しかし、紡がれた言葉は罵倒でも憤りでもなかった。
「ありがとう」
「……へ?」
出し抜けに何を言うのだろう。私は感謝されるようなことなんて、していないのに。
「どうしたの?」
「いや…… ただ、伝えたかっただけだ。……それだけだ」
そういうと、またも脱力したように私の胸に顔を預けてしまう。
酔っているからだろうか。それとも、ぽかぽか陽気にあてられたのだろうか。
満足そうな顔をして、私の胸元でいい塩梅の位置を探すようにもぞもぞと動いている。
まるで親猫に寄り添う子猫みたいだ。
「レハト」
「なあに」
「……嬉しかったんだ」
今度は聞き返すことはしなかった。多分、彼も聞き返されるのは望んでいないだろうから。
「今回の登城も…… お前がいなければ恐らく断っていただろう。お前の存在には感謝している。とても」
「それを言うなら私もだよ。タナッセといると楽しいもの」
私の服を掴む力が強くなった気がする。
「……お前が、私の申し出を受けてくれた時…… 信じられなかった。あんなことを仕出かした私を、赦すのかと」
「……うん」
「逃げないで受け入れてくれたことがとても…… 私にとっては嬉しかった。今もこうして傍にいてくれることに、どれだけ救われているか」
首を横に振る。私も、彼にどれだけ救われているだろう。
「笑いかけてくれることも、柔らかさも、温かさも、全てが新鮮だった。ありがとう、傍にいてくれて。……愛してる」
こんなこと、素面では言えないな、と彼が笑った。優しい笑顔だ。
タナッセは普段、滅多に愛してるなんて言ってくれない。
人前ではしたないとか、言わなくてもいいとか、言い訳ばかりで、私が抱き着く事だって怒るのに。
嬉しくてぎゅうと抱きしめたら彼の体は少し熱かった。私の体も熱いかもしれない。
「えへへ…… ずっと一緒にいてね」
彼はもう一度笑いかけると、腕の中で眠りに落ちた。
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2015.6.14