その期待は砕かれて。
- 結婚したタナッセとレハトを見送るヴァイルのお話。
タナッセとレハトが好い仲ということは風の噂で知っていた。
事実、何度かこっそり逢瀬をしている二人を見ている。
祝福すべき、なのだと思う。
従兄はその額に徴を授からなかったばかりに、揶揄されてきた。
いつも俺と比較されて、後ろ指を指されて。父は怯懦な逃亡者だと言われて。
そんなタナッセが、レハトと幸せになろうとしている。
二人がどんな道を歩んでその関係になったかは分からないけど、一緒にいる二人は幸せそうに見えた。
だから俺は、祝福しないといけない。
いけない、はずなのに。
「タナッセ、領地貰ったんでしょ?あーあ、レハトと二人で出て行っちゃうのかー。憎いなぁー」
「何だその口振りは。まあ、その通りだがな。私はもう王子ではないのだ、ここに留まる訳にもいかないだろう」
理由はそれだけじゃないでしょ、と言おうとしてやめた。
「何時頃出立するのさ。俺にも見送りさせてよ」
聞けば、レハトの体調――俺と違って分化に少し時間がかかったらしい――が良くなるまでは
城にいるのだという。具体的には、あと二週ほどだと。
「臣下の出立に王が見送りなど聞いたこともないぞ。お前も少しは王としての自覚を……」
「あーはいはいお説教はいいから。いいじゃん、少しくらい」
タナッセは相変わらずガミガミと説教を垂れてくる。
レハトと接するようになってから昔よりは軟化した気がするが、それでもやっぱりお節介で口うるさい。
『もう会えなくなるんだしさ』
そう呟こうとした言葉は、喉に引っかかって出てこなかった。
言ったらすぐにでも、二人が遠くに行ってしまいそうな気がしたから。
------------------------------------------------------------------------------
王の仕事にかまけていたら、二週なんてあっという間だった。
レハトの体調も回復したようで、玉座の間にタナッセと二人をそろって顔を見せてくれる。
男性を選択した俺とは違って、レハトは白くて細くて、抱きしめたら壊れてしまいそうなくらい華奢だった。
タナッセがあーだこーだ体調を心配するのも無理ない気がする。
でも、そのレハトを独占できるのも、タナッセだけなんだよな、と思うと胸がもやもやした。
俺だって、親友だったのに。酒を飲み交わしたり、宝物庫に忍び込んだり。
接した時間は、たくさんあったはずなのに。
「わー、ヴァイル背高くなったね!タナッセより高いんじゃない?」
「俺の背はまだまだ伸びるよ!タナッセなんてそのうちこーんな風に追い抜いてやるから!」
タナッセが馬鹿かと言いたそうな顔をしてこっちを見ていた。
いつもとなんにも変わんない。俺が男になって、レハトが女になって、タナッセと婚約して。
俺は王になって、城に残るだけ。
ううん、変わった。何もかも変わった。二人は出て行くから。俺だけがここに残るから。
今は目の前で笑ってくれてるレハトも、あと少ししたらタナッセと出て行ってしまう。
それで、きっと俺の事なんて忘れて、タナッセと二人で暮らして。その内子供とか作って。
俺だけ。
「……タナッセむっつりだから、レハト気を付けてね」
「ばっ……!何を言ってるんだお前は!」
「やだ、タナッセってばそういう……」
二人は俺の気持ちなんて知らぬ顔で、ぎゃんぎゃん言い合っている。
俺だけが取り残されたように、その場に立って二人を見ていた。
おめでとう、と言えばいい。結婚おめでとうって。
幸せになれよーっていつもみたいに笑って、タナッセの背中でも叩いて。
またいつでも来てよって。
でもなんで俺は言えないんだろう。
分かってる。だって、出て行った人は戻ってこないから。
父さんだって、ミラネだって、ばあやだって、みんな戻ってこなかった。
泣いても縋っても、父さんはどこかに消えちゃった。
ずっとそばにいるよって言ったばあやも、戻ってこなかった。
みんなみんな、俺だけ置いてどこか行っちゃった。
神様なんて、いないんだと思う。
タナッセだって、結局俺を置いて行っちゃうじゃないか。
レハトだって。友達だって、そんなの。そんなの。
「あんたらはほんと、変わんないよね」
皮肉を交えて言ったのは、多分伝わらないだろう。
------------------------------------------------------------------------------
遂にタナッセとレハトが城を発つ日が来た。
その日が来なければいいのにって祈ってたけど、やっぱり神様なんていなかった。
徴なんて持ってたって、欲しいものはくれない。いらないものだけ押し付けて。
「ヴァイル、王様のお仕事大変だと思うけど頑張ってね。鳥文も出すからね」
「ああ、お前一人で平気なのか?私は心配になってきたぞ」
そう言ってくれても、行っちゃうんでしょ、なんて言えなくて。
「大丈夫に決まってるじゃん。俺を誰だと思ってるのさ!タナッセだって領主頑張りなよ」
笑って笑って。
見送りくらい明るくしようと思って、からから笑ってみせた。
流石に嘘くさかったのか、タナッセが怪訝な顔をしていた。
「……二人とも、頑張ってね」
独りは慣れてるから。期待なんてしないから。
今までずっとそうだったから。
だけど。
「また逢いに来るからね」
レハトは笑って言った。
俺の手を取って。また絶対に、逢いに来るからって。
「……うん」
慣れてるから、平気だよ。
期待なんてしてないから、平気だよ。
「待ってるよ」
------------------------------------------------------------------------------
二人が城を経ってから数か月が経った。
最初は良く届いていた鳥文も、徐々に回数が減り、内容も少なくなっていった。
それは多分、仕方ないんだと思う。
レハトもタナッセも、領主の仕事が忙しいのだろう。
俺だって、手紙を書く暇なんてないくらいに仕事に追われているんだから。
だから仕方ないんだって、暇がないからしょうがないって、自分を納得させた。
細い細い、鳥が運んでくれる繋がりは、今にも消えてしまいそうで。
途切れてしまうことが、怖かった。僅かな繋がりも消えてしまったらって。
夜になって漸く仕事がひと段落ついて、寝台に顔をばふっと預けた。
城は静まり返っていて、何の音もしない。
昔は、タナッセやレハトの部屋に忍び込んだりも出来たのに。
今はその住人がいないんだから、どうしようもない。
ばあやもミラネもいない。誰もいない。
侍従頭や衛士はいるけど、話し相手になってくれる訳じゃない。
話したって、堅苦しい口調で、つまんない話をするだけ。
今頃二人は何をしてるんだろう。
俺の事、覚えててくれてるのかな。次の手紙は何時だろう。
そもそも届くのかな。書いて、くれるのかな。
「……レハトの、嘘つき」
------------------------------------------------------------------------------
ほらねやっぱり。
期待なんてしてなかった。戻ってこないって知ってたから。
皆そう。
俺を置いてきぼりにして。そばにいるよって約束した癖に。
皆、嘘つき、嘘つき、嘘つき。
大っ嫌いだ。
------------------------------------------------------------------------------
半年が過ぎて、一年が経った。
王の仕事にも慣れて、玉座に座ってただつまんない日々を淡々と過ごしていた。
書類とにらめっこして、会合に顔を出して、厳格な王を装って。
時折手紙が届いているのは知っていたけど、机の上に放り出して。
忙しいから読めないだけって、言い訳してた。
本当は返事に何を書けばいいのか分からなくて、読むことも怖くなっただけなんだけど。
ずっとそんなことの繰り返しをしてるうちに、鳥文も届かなくなった。
タナッセも、レハトも、もう俺の事なんて忘れちゃったんだろう。
――ヴァイル・ニエッナ=リタント=ランテ――
それは『六代国王の名前』としか認識されなくなった。
もう「ヴァイル」って呼んでくれる人はいない。
俺を親友だって言ってくれる人もいない。
馬鹿な従兄弟って言ってくれる人もいない。
この城のどこにもいない。
「陛下」
今の俺の呼び名でそう声を掛けられた。侍従頭が頭を垂れている。
「何だ」
「陛下に謁見を申し出ている者がおります」
また面倒な仕事が舞い込んできたな、と気怠くなる。
どうせ断ってもしつこく申し込まれるだろうから、と謁見を許可した。
名前なんて後で台帳で確認すればいい、と横で話す侍従頭の話を聞き流す。
玉座に座って相手を待つ。ただ、それだけ。つまんない仕事。
諂われたり、強請られたり、懇願されたり、色々。
さっさと終わらせようと逡巡していると、躊躇いがちに玉座の間の扉が開いた。
かつっと甲高い音が部屋に響く。
「ヴァイル」
そのあとに聞こえたのは、酷く懐かしい声。
もう呼ばれなくなった、俺の名前。誰も呼んでくれないはずの、俺の名前。
「この国の王は、客人の持て成しもできないのか?」
憎ったらしくて、回りくどくて、口うるさいお説教。
国王の俺にこんなお説教する奴なんて、一人を除いて俺は知らない。
恐る恐る顔をあげたら、いたのはレハトとタナッセだった。
笑顔でひらひらと手を振るレハトと、不機嫌そうな仏頂面をしたタナッセ。
「お手紙の返事来ないから、二人で来ちゃった」
全然変わってない顔で、レハトは言った。
------------------------------------------------------------------------------
『また逢いに来るからね』
あんなのただの口約束で。
ううん、約束ですらなくて。俺の事なんてもう忘れちゃって。
もう、戻ってこないって。思ってたのに。
目の前には二人がいて、前みたいに笑ってて。
「……何で」
「逢いに来るって、約束したから」
だって。
今まで誰も、戻ってこなかったのに。
縋っても、泣いても、約束しても、されても、誰も。
「遅くなっちゃってごめんね」
レハトにぎゅっと抱き着かれた。
未分化のとき、よくされたみたいにちょっと苦しい抱き着き方で。
肩越しにタナッセが余計に仏頂面をしたのが見える。
何だかガミガミ言ってるけど、よく聞き取れない。
王様が泣いたら、多分タナッセは『国の沽券が』とかなんとか言うんだろう。
だから、泣いて何てやらない。
代わりに、思いっきり笑ってやった。
「二人とも、なーんにも変わってないな」って。
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2015.7.14
事実、何度かこっそり逢瀬をしている二人を見ている。
祝福すべき、なのだと思う。
従兄はその額に徴を授からなかったばかりに、揶揄されてきた。
いつも俺と比較されて、後ろ指を指されて。父は怯懦な逃亡者だと言われて。
そんなタナッセが、レハトと幸せになろうとしている。
二人がどんな道を歩んでその関係になったかは分からないけど、一緒にいる二人は幸せそうに見えた。
だから俺は、祝福しないといけない。
いけない、はずなのに。
「タナッセ、領地貰ったんでしょ?あーあ、レハトと二人で出て行っちゃうのかー。憎いなぁー」
「何だその口振りは。まあ、その通りだがな。私はもう王子ではないのだ、ここに留まる訳にもいかないだろう」
理由はそれだけじゃないでしょ、と言おうとしてやめた。
「何時頃出立するのさ。俺にも見送りさせてよ」
聞けば、レハトの体調――俺と違って分化に少し時間がかかったらしい――が良くなるまでは
城にいるのだという。具体的には、あと二週ほどだと。
「臣下の出立に王が見送りなど聞いたこともないぞ。お前も少しは王としての自覚を……」
「あーはいはいお説教はいいから。いいじゃん、少しくらい」
タナッセは相変わらずガミガミと説教を垂れてくる。
レハトと接するようになってから昔よりは軟化した気がするが、それでもやっぱりお節介で口うるさい。
『もう会えなくなるんだしさ』
そう呟こうとした言葉は、喉に引っかかって出てこなかった。
言ったらすぐにでも、二人が遠くに行ってしまいそうな気がしたから。
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王の仕事にかまけていたら、二週なんてあっという間だった。
レハトの体調も回復したようで、玉座の間にタナッセと二人をそろって顔を見せてくれる。
男性を選択した俺とは違って、レハトは白くて細くて、抱きしめたら壊れてしまいそうなくらい華奢だった。
タナッセがあーだこーだ体調を心配するのも無理ない気がする。
でも、そのレハトを独占できるのも、タナッセだけなんだよな、と思うと胸がもやもやした。
俺だって、親友だったのに。酒を飲み交わしたり、宝物庫に忍び込んだり。
接した時間は、たくさんあったはずなのに。
「わー、ヴァイル背高くなったね!タナッセより高いんじゃない?」
「俺の背はまだまだ伸びるよ!タナッセなんてそのうちこーんな風に追い抜いてやるから!」
タナッセが馬鹿かと言いたそうな顔をしてこっちを見ていた。
いつもとなんにも変わんない。俺が男になって、レハトが女になって、タナッセと婚約して。
俺は王になって、城に残るだけ。
ううん、変わった。何もかも変わった。二人は出て行くから。俺だけがここに残るから。
今は目の前で笑ってくれてるレハトも、あと少ししたらタナッセと出て行ってしまう。
それで、きっと俺の事なんて忘れて、タナッセと二人で暮らして。その内子供とか作って。
俺だけ。
「……タナッセむっつりだから、レハト気を付けてね」
「ばっ……!何を言ってるんだお前は!」
「やだ、タナッセってばそういう……」
二人は俺の気持ちなんて知らぬ顔で、ぎゃんぎゃん言い合っている。
俺だけが取り残されたように、その場に立って二人を見ていた。
おめでとう、と言えばいい。結婚おめでとうって。
幸せになれよーっていつもみたいに笑って、タナッセの背中でも叩いて。
またいつでも来てよって。
でもなんで俺は言えないんだろう。
分かってる。だって、出て行った人は戻ってこないから。
父さんだって、ミラネだって、ばあやだって、みんな戻ってこなかった。
泣いても縋っても、父さんはどこかに消えちゃった。
ずっとそばにいるよって言ったばあやも、戻ってこなかった。
みんなみんな、俺だけ置いてどこか行っちゃった。
神様なんて、いないんだと思う。
タナッセだって、結局俺を置いて行っちゃうじゃないか。
レハトだって。友達だって、そんなの。そんなの。
「あんたらはほんと、変わんないよね」
皮肉を交えて言ったのは、多分伝わらないだろう。
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遂にタナッセとレハトが城を発つ日が来た。
その日が来なければいいのにって祈ってたけど、やっぱり神様なんていなかった。
徴なんて持ってたって、欲しいものはくれない。いらないものだけ押し付けて。
「ヴァイル、王様のお仕事大変だと思うけど頑張ってね。鳥文も出すからね」
「ああ、お前一人で平気なのか?私は心配になってきたぞ」
そう言ってくれても、行っちゃうんでしょ、なんて言えなくて。
「大丈夫に決まってるじゃん。俺を誰だと思ってるのさ!タナッセだって領主頑張りなよ」
笑って笑って。
見送りくらい明るくしようと思って、からから笑ってみせた。
流石に嘘くさかったのか、タナッセが怪訝な顔をしていた。
「……二人とも、頑張ってね」
独りは慣れてるから。期待なんてしないから。
今までずっとそうだったから。
だけど。
「また逢いに来るからね」
レハトは笑って言った。
俺の手を取って。また絶対に、逢いに来るからって。
「……うん」
慣れてるから、平気だよ。
期待なんてしてないから、平気だよ。
「待ってるよ」
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二人が城を経ってから数か月が経った。
最初は良く届いていた鳥文も、徐々に回数が減り、内容も少なくなっていった。
それは多分、仕方ないんだと思う。
レハトもタナッセも、領主の仕事が忙しいのだろう。
俺だって、手紙を書く暇なんてないくらいに仕事に追われているんだから。
だから仕方ないんだって、暇がないからしょうがないって、自分を納得させた。
細い細い、鳥が運んでくれる繋がりは、今にも消えてしまいそうで。
途切れてしまうことが、怖かった。僅かな繋がりも消えてしまったらって。
夜になって漸く仕事がひと段落ついて、寝台に顔をばふっと預けた。
城は静まり返っていて、何の音もしない。
昔は、タナッセやレハトの部屋に忍び込んだりも出来たのに。
今はその住人がいないんだから、どうしようもない。
ばあやもミラネもいない。誰もいない。
侍従頭や衛士はいるけど、話し相手になってくれる訳じゃない。
話したって、堅苦しい口調で、つまんない話をするだけ。
今頃二人は何をしてるんだろう。
俺の事、覚えててくれてるのかな。次の手紙は何時だろう。
そもそも届くのかな。書いて、くれるのかな。
「……レハトの、嘘つき」
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ほらねやっぱり。
期待なんてしてなかった。戻ってこないって知ってたから。
皆そう。
俺を置いてきぼりにして。そばにいるよって約束した癖に。
皆、嘘つき、嘘つき、嘘つき。
大っ嫌いだ。
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半年が過ぎて、一年が経った。
王の仕事にも慣れて、玉座に座ってただつまんない日々を淡々と過ごしていた。
書類とにらめっこして、会合に顔を出して、厳格な王を装って。
時折手紙が届いているのは知っていたけど、机の上に放り出して。
忙しいから読めないだけって、言い訳してた。
本当は返事に何を書けばいいのか分からなくて、読むことも怖くなっただけなんだけど。
ずっとそんなことの繰り返しをしてるうちに、鳥文も届かなくなった。
タナッセも、レハトも、もう俺の事なんて忘れちゃったんだろう。
――ヴァイル・ニエッナ=リタント=ランテ――
それは『六代国王の名前』としか認識されなくなった。
もう「ヴァイル」って呼んでくれる人はいない。
俺を親友だって言ってくれる人もいない。
馬鹿な従兄弟って言ってくれる人もいない。
この城のどこにもいない。
「陛下」
今の俺の呼び名でそう声を掛けられた。侍従頭が頭を垂れている。
「何だ」
「陛下に謁見を申し出ている者がおります」
また面倒な仕事が舞い込んできたな、と気怠くなる。
どうせ断ってもしつこく申し込まれるだろうから、と謁見を許可した。
名前なんて後で台帳で確認すればいい、と横で話す侍従頭の話を聞き流す。
玉座に座って相手を待つ。ただ、それだけ。つまんない仕事。
諂われたり、強請られたり、懇願されたり、色々。
さっさと終わらせようと逡巡していると、躊躇いがちに玉座の間の扉が開いた。
かつっと甲高い音が部屋に響く。
「ヴァイル」
そのあとに聞こえたのは、酷く懐かしい声。
もう呼ばれなくなった、俺の名前。誰も呼んでくれないはずの、俺の名前。
「この国の王は、客人の持て成しもできないのか?」
憎ったらしくて、回りくどくて、口うるさいお説教。
国王の俺にこんなお説教する奴なんて、一人を除いて俺は知らない。
恐る恐る顔をあげたら、いたのはレハトとタナッセだった。
笑顔でひらひらと手を振るレハトと、不機嫌そうな仏頂面をしたタナッセ。
「お手紙の返事来ないから、二人で来ちゃった」
全然変わってない顔で、レハトは言った。
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『また逢いに来るからね』
あんなのただの口約束で。
ううん、約束ですらなくて。俺の事なんてもう忘れちゃって。
もう、戻ってこないって。思ってたのに。
目の前には二人がいて、前みたいに笑ってて。
「……何で」
「逢いに来るって、約束したから」
だって。
今まで誰も、戻ってこなかったのに。
縋っても、泣いても、約束しても、されても、誰も。
「遅くなっちゃってごめんね」
レハトにぎゅっと抱き着かれた。
未分化のとき、よくされたみたいにちょっと苦しい抱き着き方で。
肩越しにタナッセが余計に仏頂面をしたのが見える。
何だかガミガミ言ってるけど、よく聞き取れない。
王様が泣いたら、多分タナッセは『国の沽券が』とかなんとか言うんだろう。
だから、泣いて何てやらない。
代わりに、思いっきり笑ってやった。
「二人とも、なーんにも変わってないな」って。
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2015.7.14