守りたいもの
- 結婚してしばらく経ったタナッセとレハトのお話。
「久しぶりに御前試合に出ようと思って」
妻が放った言の葉に、身が震えた。
御前試合。
剣を交わし栄光を掴むための試合である。
だが何故今頃。レハトは儀式の後から体が衰弱し、今や子供の時分のような武勇は持ち合わせていないはずだった。
「辞めておけ、怪我をするだけだ」
「それでも出てみたいの。今自分がどのくらい剣を振るえるのかなって」
何故そんな必要がある。
今は知恵の時代であり、いやそんなことはどうでもいい。
玉座から退いたレハトにはもう名声を集める必要はない。領主の妻としても良くやっている。
だのに、何故今なのか。
「やはりダメだ、怪我をしたらどうする。それにもう必要ないだろう。剣を振るえるほどの武勇があるとも思えん」
そう諭せば、実は秘密裏に訓練していたのだと返された。
護衛も付いている中で、何故武勇を磨く必要があったのか。
やはり、あのようなことをしでかした私では不安なのだろうか。
「とにかく、次の御前試合には出るからね。タナッセは私に命令する権限なんてないでしょう?」
確かにそうだ。そうだが、不安でしかない。
どの程度訓練していたのか、今の出場者はどれほど強いのか。
私には何も分からない。
「ならば、先に私と手合わせしろ。勝ったら考えてやる」
「命令する権限なんてないって自分で認めたくせに。でもいいよ、戦ってあげる。それでけちょんけちょんにするんだから!」
私とてこの数年間全く訓練を怠っていた訳ではない。
モルだけに任せるのは偲びなく、私もまた訓練をしていたのだから。
モルに命じて訓練用の木剣を用意してもらう。
木剣は思った以上に軽かった。
かつて訓練場で振るっていた時よりも軽く感じる。
剣が違うからなのか、それとも私が変わったのか。
宣誓を互いに唱え、構えを取る。
……なかなか様になっている、と思う。
だからといって出場を許す訳ではないが。
試合はモルの一声で始まった。
まず一歩。前に踏み出し牽制を与える。
レハトはそれを華麗に避け、横から滑るように木剣をなぎ払ってくる。
受け止め、一拍。レハトが離れた。
「びっくりした、受け止められるんだ」
「余り見くびるなよ」
どうやら彼女も本気になったようで、先程より腰を落とした。
「次は絶対に落とす」
そう言い真っ直ぐに突き進んでくる。
変わっていない。
こいつの試合を観戦したことがあるが、レハトは攻戦一方でいつも前に出ていた。
そこを突き、わざと後ろへ後ずさる。
彼女の木剣が虚しく私の眼前の空を切る。
体勢を崩したレハトに、真上から振りかかるように木剣を降ろした。
ぴたりと、彼女の徴に私の剣先が向いていた。彼女の負けである。
「あちゃー、武勇では絶対勝ってたのに」
「お前は剣技が馬鹿正直すぎる。少しは相手を謀れ」
これでレハトの御前試合出場はなくなった。
訓練を怠らなくて良かったと、心底思う。
でなければどうなっていたか。
「もう一度聞くが、何故今更御前試合に出ようと思ったんだ」
「うーん。やっぱり誤魔化してもダメかー」
そう言うと彼女は木剣をゆらゆらと揺らしながら語った。
「タナッセはいつも守ってくれるでしょう?でも、私一人でも大丈夫だよ、安心してって言いたかったの」
「タナッセは私の事ばかりで、自分のことも忘れて動いちゃうから。だから、大丈夫だよって証明したかったの。負けちゃったけどね」
そうか、レハトもまた私を気遣ってくれていたのか。
「……なるほどな。だが心配せずとも、お前は私が守ってやる。この命に代えても」
「だからそれが嫌なんだってばー!」
ぶーぶーと口を膨らませる妻を見て
もっと訓練を積まねばなと一人胸中で思ったのであった。
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2019.1.5
妻が放った言の葉に、身が震えた。
御前試合。
剣を交わし栄光を掴むための試合である。
だが何故今頃。レハトは儀式の後から体が衰弱し、今や子供の時分のような武勇は持ち合わせていないはずだった。
「辞めておけ、怪我をするだけだ」
「それでも出てみたいの。今自分がどのくらい剣を振るえるのかなって」
何故そんな必要がある。
今は知恵の時代であり、いやそんなことはどうでもいい。
玉座から退いたレハトにはもう名声を集める必要はない。領主の妻としても良くやっている。
だのに、何故今なのか。
「やはりダメだ、怪我をしたらどうする。それにもう必要ないだろう。剣を振るえるほどの武勇があるとも思えん」
そう諭せば、実は秘密裏に訓練していたのだと返された。
護衛も付いている中で、何故武勇を磨く必要があったのか。
やはり、あのようなことをしでかした私では不安なのだろうか。
「とにかく、次の御前試合には出るからね。タナッセは私に命令する権限なんてないでしょう?」
確かにそうだ。そうだが、不安でしかない。
どの程度訓練していたのか、今の出場者はどれほど強いのか。
私には何も分からない。
「ならば、先に私と手合わせしろ。勝ったら考えてやる」
「命令する権限なんてないって自分で認めたくせに。でもいいよ、戦ってあげる。それでけちょんけちょんにするんだから!」
私とてこの数年間全く訓練を怠っていた訳ではない。
モルだけに任せるのは偲びなく、私もまた訓練をしていたのだから。
モルに命じて訓練用の木剣を用意してもらう。
木剣は思った以上に軽かった。
かつて訓練場で振るっていた時よりも軽く感じる。
剣が違うからなのか、それとも私が変わったのか。
宣誓を互いに唱え、構えを取る。
……なかなか様になっている、と思う。
だからといって出場を許す訳ではないが。
試合はモルの一声で始まった。
まず一歩。前に踏み出し牽制を与える。
レハトはそれを華麗に避け、横から滑るように木剣をなぎ払ってくる。
受け止め、一拍。レハトが離れた。
「びっくりした、受け止められるんだ」
「余り見くびるなよ」
どうやら彼女も本気になったようで、先程より腰を落とした。
「次は絶対に落とす」
そう言い真っ直ぐに突き進んでくる。
変わっていない。
こいつの試合を観戦したことがあるが、レハトは攻戦一方でいつも前に出ていた。
そこを突き、わざと後ろへ後ずさる。
彼女の木剣が虚しく私の眼前の空を切る。
体勢を崩したレハトに、真上から振りかかるように木剣を降ろした。
ぴたりと、彼女の徴に私の剣先が向いていた。彼女の負けである。
「あちゃー、武勇では絶対勝ってたのに」
「お前は剣技が馬鹿正直すぎる。少しは相手を謀れ」
これでレハトの御前試合出場はなくなった。
訓練を怠らなくて良かったと、心底思う。
でなければどうなっていたか。
「もう一度聞くが、何故今更御前試合に出ようと思ったんだ」
「うーん。やっぱり誤魔化してもダメかー」
そう言うと彼女は木剣をゆらゆらと揺らしながら語った。
「タナッセはいつも守ってくれるでしょう?でも、私一人でも大丈夫だよ、安心してって言いたかったの」
「タナッセは私の事ばかりで、自分のことも忘れて動いちゃうから。だから、大丈夫だよって証明したかったの。負けちゃったけどね」
そうか、レハトもまた私を気遣ってくれていたのか。
「……なるほどな。だが心配せずとも、お前は私が守ってやる。この命に代えても」
「だからそれが嫌なんだってばー!」
ぶーぶーと口を膨らませる妻を見て
もっと訓練を積まねばなと一人胸中で思ったのであった。
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2019.1.5