いつか来たれりその日まで
- カイキサが同棲したお話。
俺が玉阪座に入ってから二年が経とうとしていた。
恋人である立花希佐…… 立花は、ユニヴェールを卒業し、期待の新星として玉阪座で輝いている。
ユニヴェールで稀代のアルジャンヌとまで言わしめた立花だ。その分のプレッシャーも凄かったことだろう。
だが、俺はまたパートナーとして組める日が来たことへの喜びに満ち溢れていた。
そして、今隣にいることにも。
『貴方の肌は冷たくて凍えてしまいそう、私が温めてあげましょう』
『温もりは、嫌いだ。心の奥を溶かしてしまうから』
『それではカイさんのーー』
そう言いかけて「あっ!」という声が上がった。
「す、すみませんカイさん、名前を呼んじゃいました!」
「……ふっ」
思わずセリフを俺の名前で呼んだ彼女は、顔を赤く染めてそう恥じた。
そういうところが可愛らしいと、俺は思う。
「希佐」
「ーーーーっ!」
応えるように、名前を呼ぶ。
なるべく、甘ったるく、蕩してしまいそうな声で。
今度は首まで朱に染めた立花が、小さな声でからかわないでくださいと呟く声が耳に届いた。
「そ、それにしてもこれ……」
累愛(かさねあい)と書かれた台本を手に、立花が視線を落とす。
「台本だな」
「そ、そうですけど!な、内容が……」
俺も本読みは終えているので、内容は把握している。なぜ立花がこんなに狼狽しているのかも。
「あの、その…… ら、ラブシーンが……」
「結構過激だな」
「カイさんは何でそんなに平気な顔できるんですかー!」
今回の台本ーー累愛ーーは、本格的なラブシーンが入る、玉阪座にとっては挑戦的な内容になっている。
口付けはもちろん、本番めいたシーンまである程だ。
立花が狼狽えるのも仕方ないだろう。
「だがお前は以前、チッチとして似たようなシーンをやったことがあるだろう?」
「それとは全然違います!あれは気絶させるものでしたし…… そのこれは…… え、えっちなシーンが入るじゃないですか!」
「俺じゃ不満か?」
「カイさんだから問題なんです!」
俺だからと始終繰り返す立花が愛おしくて仕方がない。嗚呼、今この子は俺を意識してくれているのだ、と。
「なら今練習してみるか?」
同棲していて良いところはこれだ。
その場で稽古ができるし、何より深く触れ合える。
「か、カイさん!カイさーー!」
慌てるように言って目を瞑る立花。
俺が狼だったら、お前は喰われていただろうな。
数刻しても何も来ないことに疑問を覚えたのか、立花が目を開ける。
思わず喉がくつくつと音を発する。
「冗談だ。稽古は稽古として割り切るしかない。お前も、あまり深く捉えないようにするといい。……俺を意識してしまうようだからな」
「か、からかったんですか!」
「可愛かった」
そう素直に告げるとまた立花は小さくなってしまった。まるで子犬のようだ。
ただ、からかっただけではない。
したくなかった、否、出来なかった。
目を硬く瞑り、小動物のように震えてる立花を見て、今触れたら壊してしまいそうだと思ってしまった。
俺なんかが気安く触れてはいけないのだと。
「……覚悟は決めたはずなんだがな」
「何か言いましたか?」
もう普段の様子に戻ったらしい立花が、ちょこんと正座をしてこちらを見ている。
俺は動揺している。
ユニヴェールを経て、玉阪座で経験を積んだはずが、好きな女の子と組むとなるとそういうシーンで動揺してしまう物なのだと改めて気付かされる。
立花は何も気づいていないようで、「カイさんはやっぱりすごいですね」と俺を激励する。
お前がすごいから、俺も頑張れるんだ。
そう伝えられる日は、まだ遠そうだ。
------------------------------------------------------------------------------
2021.5.16
恋人である立花希佐…… 立花は、ユニヴェールを卒業し、期待の新星として玉阪座で輝いている。
ユニヴェールで稀代のアルジャンヌとまで言わしめた立花だ。その分のプレッシャーも凄かったことだろう。
だが、俺はまたパートナーとして組める日が来たことへの喜びに満ち溢れていた。
そして、今隣にいることにも。
『貴方の肌は冷たくて凍えてしまいそう、私が温めてあげましょう』
『温もりは、嫌いだ。心の奥を溶かしてしまうから』
『それではカイさんのーー』
そう言いかけて「あっ!」という声が上がった。
「す、すみませんカイさん、名前を呼んじゃいました!」
「……ふっ」
思わずセリフを俺の名前で呼んだ彼女は、顔を赤く染めてそう恥じた。
そういうところが可愛らしいと、俺は思う。
「希佐」
「ーーーーっ!」
応えるように、名前を呼ぶ。
なるべく、甘ったるく、蕩してしまいそうな声で。
今度は首まで朱に染めた立花が、小さな声でからかわないでくださいと呟く声が耳に届いた。
「そ、それにしてもこれ……」
累愛(かさねあい)と書かれた台本を手に、立花が視線を落とす。
「台本だな」
「そ、そうですけど!な、内容が……」
俺も本読みは終えているので、内容は把握している。なぜ立花がこんなに狼狽しているのかも。
「あの、その…… ら、ラブシーンが……」
「結構過激だな」
「カイさんは何でそんなに平気な顔できるんですかー!」
今回の台本ーー累愛ーーは、本格的なラブシーンが入る、玉阪座にとっては挑戦的な内容になっている。
口付けはもちろん、本番めいたシーンまである程だ。
立花が狼狽えるのも仕方ないだろう。
「だがお前は以前、チッチとして似たようなシーンをやったことがあるだろう?」
「それとは全然違います!あれは気絶させるものでしたし…… そのこれは…… え、えっちなシーンが入るじゃないですか!」
「俺じゃ不満か?」
「カイさんだから問題なんです!」
俺だからと始終繰り返す立花が愛おしくて仕方がない。嗚呼、今この子は俺を意識してくれているのだ、と。
「なら今練習してみるか?」
同棲していて良いところはこれだ。
その場で稽古ができるし、何より深く触れ合える。
「か、カイさん!カイさーー!」
慌てるように言って目を瞑る立花。
俺が狼だったら、お前は喰われていただろうな。
数刻しても何も来ないことに疑問を覚えたのか、立花が目を開ける。
思わず喉がくつくつと音を発する。
「冗談だ。稽古は稽古として割り切るしかない。お前も、あまり深く捉えないようにするといい。……俺を意識してしまうようだからな」
「か、からかったんですか!」
「可愛かった」
そう素直に告げるとまた立花は小さくなってしまった。まるで子犬のようだ。
ただ、からかっただけではない。
したくなかった、否、出来なかった。
目を硬く瞑り、小動物のように震えてる立花を見て、今触れたら壊してしまいそうだと思ってしまった。
俺なんかが気安く触れてはいけないのだと。
「……覚悟は決めたはずなんだがな」
「何か言いましたか?」
もう普段の様子に戻ったらしい立花が、ちょこんと正座をしてこちらを見ている。
俺は動揺している。
ユニヴェールを経て、玉阪座で経験を積んだはずが、好きな女の子と組むとなるとそういうシーンで動揺してしまう物なのだと改めて気付かされる。
立花は何も気づいていないようで、「カイさんはやっぱりすごいですね」と俺を激励する。
お前がすごいから、俺も頑張れるんだ。
そう伝えられる日は、まだ遠そうだ。
------------------------------------------------------------------------------
2021.5.16