最愛の、
- タナッセ愛情ED後。ほのぼのもの。
――次の休みに、中庭へ来てほしい
そう言われたのはつい先だってのことだ。
彼から約束を取り付けることは稀で、その時に理由を尋ねたが答えてはくれなかった。
一体何が起こるのだろう。何を言われるのだろう。
胸に喜びと若干の不安を募らせたまま、約束の日を今か今かと待っていた。
そして次の週、休日。
彼の約束の通り中庭――にあるベンチ――で、彼…… タナッセの姿を探す。
まだ約束の時間より早いためか、その姿は見当たらなかった。
ベンチに腰掛け、息をつく。
あの時彼はやけに神妙な顔をしていたように思う。
早く来ないだろうか、と空ばかりを意味なく仰いでしまう。
空の色は彼のさらりとした髪の縹色と似ていて、少しだけ胸がざわついた。
「何をしてるんだ」
そうこうしている内にタナッセが来ていたらしい。
慌てて声のする方を向くと、仏頂面とも苦渋の表情ともつかぬ顔をしていた。
「え、えと、ほら空が綺麗だったから」
「ああ、そうだな。今日はよく晴れている。空気も澄んでいることだろう」
どうにもばつが悪く、言葉が途切れ途切れ濁ってしまった。ばれてしまっただろうか。
「あの…… それで、お話って何」
「ああ、それは――」
何かを言いかけ、彼は口を閉ざしてしまう。
逡巡しているのか、ふと視線を地面に落とした後私に視線を寄越した。
「ここは些か冷えるな。ほら、これでもかけておけ」
そういうと、彼は自分の肩布を優しくかけてくれた。
彼の温もりと、仄かに香る心地よい香りに思わず微睡みそうになる。
そんな私を見てか、タナッセは髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
私のすぐ隣に腰掛け、お互いに無言になる。
その空気に耐えかねたのか、先に口を割ったのは彼だった。
「その、だな。今日は何の日か知っているか」
「今日?えーと…… お誕生日は数え年だから違うし…… 建国記念日でもないし……」
横目でちらりと見ると、私を見てそわそわとしている彼が視界に映る。
「わ、分からないなら別に無理して答える必要はないが」
「そう?でも気になる。今日は何の日なの?」
聞くと、また俯き黙り込んでしまった。微かに顔が赤く見えるのは私の気のせいだろうか。
「やはりここは冷えるな。移動しよう」
突飛な発言に驚いていると、私の手を取り彼は歩き出す。
……どこに行くのだろう。
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思い返すと、彼と手を繋ぐのはいつ振りだろうか。
長い間握っていない気がする。こんなに大きな手だっただろうか。
握ってくれたことが嬉しく、少し強めに握ると同じくらいの力で握り返してくれる。
なんだか今日は優しいな、と思う。
「タナッセ、そういえばどこに行くの?」
「来れば分かる」
そういって黙り込んでしまった。先ほどよりも強い力で手を握られる。
彼が城の中で手を握ることは滅多にない。なんだか、不思議な心地だった。
そうして通された先はタナッセの居室だった。
思わず驚いてしまった。何も居室に通されたから、ではない。
目の前に豪勢な食事が並んでいたからだ。
一体何人分あるのだろう。とても二人では食べきれそうにない。
「ふむ、少し張り切り過ぎたか……」
「何か言った?」
「あ、いや。そろそろ食事にしようかと思ったが…… 量が多いか」
それならヴァイルや陛下を呼んだら、という案は却下されてしまった。
何だが複雑そうな顔をしていた気がする。どうしたのだろう。
「その。今日が何の日か、と聞いただろう」
「うん」
「答えは…… 分かったか?」
結婚記念日が思いついたが、それは明確に違う。
いくら考えても出てこないので、素直に分からないと伝える。
すると、なぜが少し嬉しそうな、照れくそうな顔で彼は口を開いた。
「今日は…… 今日は愛妻の日、らしいぞ」
「……え?」
「……二度も言わないからな」
そう言ってそっぽを向いてしまった。その顔は首元まで朱に染まっている。
「食べたくないのなら、別に無理しなくてもいいのだぞ。味は保障しないからな」
「もしかして、作ってくれたの?」
「…………」
相変わらず彼はそっぽを向いたままだ。
そういえば肩布をかけてくれたり、手を握ってくれたり。
今日のタナッセがどこか優しかったのは今日が愛妻の日だったからだろうか。
「ありがとうタナッセ。いただきます」
「ふん……」
食事に手を付けると、タナッセがちろちろと視線を投げかけてくる。
「おいしいよ、タナッセ料理上手だね」
「下らん世辞など言ってないで、食べるのならさっさと食べろ。食事中に喋るんじゃないはしたない」
そう言いつつ、どことなく嬉しそうな顔に見えるのは、きっと私の気のせいではないだろう。
「ほらほらタナッセも食べなよ。はい、あーん」
「ばっ……!そ、そんなことできるか!一人で食え、一人で!」
彼はとても不器用で、時には誤解も生むけれど。
そんな彼が、私は一番好きなのだ。
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2013.1.31 1月31日は愛妻の日、ということで。
そう言われたのはつい先だってのことだ。
彼から約束を取り付けることは稀で、その時に理由を尋ねたが答えてはくれなかった。
一体何が起こるのだろう。何を言われるのだろう。
胸に喜びと若干の不安を募らせたまま、約束の日を今か今かと待っていた。
そして次の週、休日。
彼の約束の通り中庭――にあるベンチ――で、彼…… タナッセの姿を探す。
まだ約束の時間より早いためか、その姿は見当たらなかった。
ベンチに腰掛け、息をつく。
あの時彼はやけに神妙な顔をしていたように思う。
早く来ないだろうか、と空ばかりを意味なく仰いでしまう。
空の色は彼のさらりとした髪の縹色と似ていて、少しだけ胸がざわついた。
「何をしてるんだ」
そうこうしている内にタナッセが来ていたらしい。
慌てて声のする方を向くと、仏頂面とも苦渋の表情ともつかぬ顔をしていた。
「え、えと、ほら空が綺麗だったから」
「ああ、そうだな。今日はよく晴れている。空気も澄んでいることだろう」
どうにもばつが悪く、言葉が途切れ途切れ濁ってしまった。ばれてしまっただろうか。
「あの…… それで、お話って何」
「ああ、それは――」
何かを言いかけ、彼は口を閉ざしてしまう。
逡巡しているのか、ふと視線を地面に落とした後私に視線を寄越した。
「ここは些か冷えるな。ほら、これでもかけておけ」
そういうと、彼は自分の肩布を優しくかけてくれた。
彼の温もりと、仄かに香る心地よい香りに思わず微睡みそうになる。
そんな私を見てか、タナッセは髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
私のすぐ隣に腰掛け、お互いに無言になる。
その空気に耐えかねたのか、先に口を割ったのは彼だった。
「その、だな。今日は何の日か知っているか」
「今日?えーと…… お誕生日は数え年だから違うし…… 建国記念日でもないし……」
横目でちらりと見ると、私を見てそわそわとしている彼が視界に映る。
「わ、分からないなら別に無理して答える必要はないが」
「そう?でも気になる。今日は何の日なの?」
聞くと、また俯き黙り込んでしまった。微かに顔が赤く見えるのは私の気のせいだろうか。
「やはりここは冷えるな。移動しよう」
突飛な発言に驚いていると、私の手を取り彼は歩き出す。
……どこに行くのだろう。
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思い返すと、彼と手を繋ぐのはいつ振りだろうか。
長い間握っていない気がする。こんなに大きな手だっただろうか。
握ってくれたことが嬉しく、少し強めに握ると同じくらいの力で握り返してくれる。
なんだか今日は優しいな、と思う。
「タナッセ、そういえばどこに行くの?」
「来れば分かる」
そういって黙り込んでしまった。先ほどよりも強い力で手を握られる。
彼が城の中で手を握ることは滅多にない。なんだか、不思議な心地だった。
そうして通された先はタナッセの居室だった。
思わず驚いてしまった。何も居室に通されたから、ではない。
目の前に豪勢な食事が並んでいたからだ。
一体何人分あるのだろう。とても二人では食べきれそうにない。
「ふむ、少し張り切り過ぎたか……」
「何か言った?」
「あ、いや。そろそろ食事にしようかと思ったが…… 量が多いか」
それならヴァイルや陛下を呼んだら、という案は却下されてしまった。
何だが複雑そうな顔をしていた気がする。どうしたのだろう。
「その。今日が何の日か、と聞いただろう」
「うん」
「答えは…… 分かったか?」
結婚記念日が思いついたが、それは明確に違う。
いくら考えても出てこないので、素直に分からないと伝える。
すると、なぜが少し嬉しそうな、照れくそうな顔で彼は口を開いた。
「今日は…… 今日は愛妻の日、らしいぞ」
「……え?」
「……二度も言わないからな」
そう言ってそっぽを向いてしまった。その顔は首元まで朱に染まっている。
「食べたくないのなら、別に無理しなくてもいいのだぞ。味は保障しないからな」
「もしかして、作ってくれたの?」
「…………」
相変わらず彼はそっぽを向いたままだ。
そういえば肩布をかけてくれたり、手を握ってくれたり。
今日のタナッセがどこか優しかったのは今日が愛妻の日だったからだろうか。
「ありがとうタナッセ。いただきます」
「ふん……」
食事に手を付けると、タナッセがちろちろと視線を投げかけてくる。
「おいしいよ、タナッセ料理上手だね」
「下らん世辞など言ってないで、食べるのならさっさと食べろ。食事中に喋るんじゃないはしたない」
そう言いつつ、どことなく嬉しそうな顔に見えるのは、きっと私の気のせいではないだろう。
「ほらほらタナッセも食べなよ。はい、あーん」
「ばっ……!そ、そんなことできるか!一人で食え、一人で!」
彼はとても不器用で、時には誤解も生むけれど。
そんな彼が、私は一番好きなのだ。
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2013.1.31 1月31日は愛妻の日、ということで。