求めるものは
- タナッセ神業後。分岐あり。
――ここは、どこだ。
目を開ければ、そこは見慣れた天蓋のある自室ではなかった。
薄汚れた壁と、天窓から差し込む日差しが容赦なく目を刺す。
辺りを見回そうにも、体が上手く動かない。
まるで、手足に鉛でも溜まったかのようだった。
――気分はどう? どこからか、凛とした声が響く。
声のする方を一瞥する。視界に入った人影。その姿を見て絶句した。
「お前は…… なぜ……」
見慣れた小さな体躯、華奢な体。
透き通るような白い肌に、さらりと零れ落ちる亜麻色の髪。
「……レハト」
どうしてこんなところにいるのか。そもそもここはどこで、私はどうなっているのか。
「……状況が理解できていないみたいだね」
……状況?状況だと?ここは、ここはどこだ?
先程より幾分動くようになった首で、辺りを見渡す。
古ぼけた……聖堂?見覚えがあった。
ならば私が今横たわっているのは……
「ようこそ、望まれぬ王子よ」
底冷えするような声でレハトがそう呟いた。
「他の誰もがあなたを歓迎しなくても。私だけはあなたを歓迎してあげる。……私の復讐の相手として」
何を言っている。目の前にいるのは本当にレハトなのか。
起き上がろうにも、体に力が入らない。
「私はずっとこの時を待っていたの。……好きでもないあなたの傍に、妻としていることで」
「な……んだと」
聞きたくなかった。認めたくなかった。
レハトは…… レハトは私をあの時からずっと憎んでいたというのか。
「タナッセも馬鹿だよね。あんなことされて、私が赦すと思ったの?……自惚れもここまで来ると、哀れよね」
ああ、そうか。私は。
別に全て赦されたなどとは思っていなかった。
それでも、期待していたのだ。
あの時レハトは。私が傍にいる事を赦してくれたのだと。望んでくれたのだと。
なんと浅薄だったのか。貪婪だったのか。
「タナッセ」
レハトが名前を呼ぶ。以前までの柔らかい響きなどどこにもありはしなかった。
「今辛い?でも大丈夫、すぐ楽にしてあげる」
そっと額を撫でられる。レハトの手は、私の体温と比例し熱かった。
端正な唇が妖しい弧を描く。くつくつと嗤いが漏れ、私を嘲った。
「可哀想に。額に印が刻まれなかったばかりに。でももう大丈夫。今楽にしてあげる」
きっと私は死ぬのだろう。レハトの手によって。
だが、それでよかったのかもしれない。
元々、あんなことをした私が赦されるべきではなかったのだ。
彼女の手で罰が下されるなら、それでよい。
ただ。ただ、もっと愛していたかった。
レハトの心を変えるくらいに、もっと抱きしめてやりたかった。
もうそんなこともできないのだろう。望まれていないのだろう。
今の私に出来ることは。
「……好きにするといい」
目を閉じる。途端に体が重くなった。
肚から何かが込み上げ、急激に体温が下がる。
こいつは、こんな苦しみの渦中にいたのか。
……何も分かってやれていなかった。ただ己の無力さが歯痒かった。
だがもうそれも終わりだ。私は罰を与えられ、レハトは自由になれる。
「……ばいばい」
最期に聞いたレハトの声に、哀しみが混ざっているように思えたのは…… 私の冀望だったのだろうか。
そこで私の意識は緩やかに闇へと落ちていった。
【選択肢: 想定:愛情・ 想定:憎悪】
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「……落ちて行ったと思ったんだがな」
見慣れた天蓋と、寝台を背に目を開ける。
いつもと変わらない部屋。柔らかな日差しが差し込み、辺りを白く照らしている。
「……夢か。何と言う夢を見ているんだ私は……」
あの忌まわしい日からどれ程経ったのか。彼が私の妻であるはずがなかった。
今もレハトは寝台に臥せっている。
私の妻どころか、満足に話せもしないはずだ。
なのに、どうしてこんな夢を見たのか。
「……夢想?はっ、馬鹿らしい……」
私は何を望んでいるのだろう。
奴の手で罰を下されることを望んでいるのか。
それとも。
「……」
幾度も繰り返した問い掛けに、未だ答えは出そうにない。
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選択肢に戻る
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「……落ちて行ったと思ったんだがな」
見慣れた天蓋と、寝台を背に目を開ける。
いつもと変わらない部屋。柔らかな日差しが差し込み、辺りを白く照らしてい る。
「……夢か。何と言う夢を見ているんだ私は……」
あの忌まわしい日からどれ程経ったのか。
ふと隣を見ると、そこには妻がいる。
静かな寝息を立て、僅かに上下する胸。確かに生を受けている、存在している彼女。
「……」
あれは夢だ。そう思いつつも、胸中に蟠る不安が拭えるはずもなく。
助けを求める様に額に手を触れた。
「……ん。あ、れ。タナッセ?」
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
まだ寝惚けているのか、些か呂律の回らない様子で名を呼ばれる。
いつもと変わらない、変わりはしない。
「……どうしたの?」
どうやら私は余程難しい顔をしていたらしい。
彼女が心底心配した様子で聞き返してくる。
「……タナッセ?」
「……恐ろしい、夢を見た」
我ながら情けない、とは思う。
私の発言に、レハトの眉尻が怪訝な困惑を示した。
そろそろと体を起き上げ、私の顔を覗いてくる。
その体に縋る様に手を伸ばし、抱き留めた。
「……怖い夢見たの?」
どこか懐かしく、温かい声。母上のようだった。
「……そうだ」
レハトの胸に顔を埋める様にして、腕に力を込める。
特段それを振り払うこともせず、背中に優しく、私より小さな手が回された。
赤子を宥める様に背をさすり、耳元に言葉を落としていく。
「そう。でももう大丈夫よ。大丈夫」
傍から見れば、情けない以外の何物でもないだろう。
だがそんなもの今の私にとっては些細な事だった。
「お前に、憎まれていた。過ちを犯した私が、全て赦されるなどとは今も思っていない。
だが、だがそれでもお前に憎まれていることが、愛したものに憎まれたことが、私には、恐ろしく、
私はお前が…… 傍に……」
レハトは何も言わない。
己が何を吐いているのか理解できなかった。
ただ、不安だった。
「憎まれていて当然なのだと理解はしている。
それでも、隣にいた者に、認めてくれた者に憎まれその手で如何に断罪を受けようとも、
今の私では、お前がいないなど…… 私は、お前がいなければ」
求めていたものは、断罪ではなかった。
ただ傍に寄り添う者が、居場所が欲しかった。
支離滅裂な言葉だろう。私自身そう思うのだから。
私の夢を全て知る者はいない。ゆえに、レハトは困惑しているだろうか。
それでも、レハトは優しく背を撫で言葉を紡いだ。
「私は、あなたの事好きよ。もう憎んでいないし、ずっとずっと傍にいるよ。
大丈夫、怖い夢も、結局夢だから。ね?私はここにいるよ」
その言葉は不安を掻き消し、胸に温かみだけを残す。
抱き留めた体は、確かに傍に寄り添う者の存在を示す。
ただ、傍にいるだけで、それだけでよかった。
「……ありがとう」
きっと、これからどれほど悪夢が襲おうとも。苛まれることはないだろう。
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選択肢に戻る 2013.2.22
目を開ければ、そこは見慣れた天蓋のある自室ではなかった。
薄汚れた壁と、天窓から差し込む日差しが容赦なく目を刺す。
辺りを見回そうにも、体が上手く動かない。
まるで、手足に鉛でも溜まったかのようだった。
――気分はどう? どこからか、凛とした声が響く。
声のする方を一瞥する。視界に入った人影。その姿を見て絶句した。
「お前は…… なぜ……」
見慣れた小さな体躯、華奢な体。
透き通るような白い肌に、さらりと零れ落ちる亜麻色の髪。
「……レハト」
どうしてこんなところにいるのか。そもそもここはどこで、私はどうなっているのか。
「……状況が理解できていないみたいだね」
……状況?状況だと?ここは、ここはどこだ?
先程より幾分動くようになった首で、辺りを見渡す。
古ぼけた……聖堂?見覚えがあった。
ならば私が今横たわっているのは……
「ようこそ、望まれぬ王子よ」
底冷えするような声でレハトがそう呟いた。
「他の誰もがあなたを歓迎しなくても。私だけはあなたを歓迎してあげる。……私の復讐の相手として」
何を言っている。目の前にいるのは本当にレハトなのか。
起き上がろうにも、体に力が入らない。
「私はずっとこの時を待っていたの。……好きでもないあなたの傍に、妻としていることで」
「な……んだと」
聞きたくなかった。認めたくなかった。
レハトは…… レハトは私をあの時からずっと憎んでいたというのか。
「タナッセも馬鹿だよね。あんなことされて、私が赦すと思ったの?……自惚れもここまで来ると、哀れよね」
ああ、そうか。私は。
別に全て赦されたなどとは思っていなかった。
それでも、期待していたのだ。
あの時レハトは。私が傍にいる事を赦してくれたのだと。望んでくれたのだと。
なんと浅薄だったのか。貪婪だったのか。
「タナッセ」
レハトが名前を呼ぶ。以前までの柔らかい響きなどどこにもありはしなかった。
「今辛い?でも大丈夫、すぐ楽にしてあげる」
そっと額を撫でられる。レハトの手は、私の体温と比例し熱かった。
端正な唇が妖しい弧を描く。くつくつと嗤いが漏れ、私を嘲った。
「可哀想に。額に印が刻まれなかったばかりに。でももう大丈夫。今楽にしてあげる」
きっと私は死ぬのだろう。レハトの手によって。
だが、それでよかったのかもしれない。
元々、あんなことをした私が赦されるべきではなかったのだ。
彼女の手で罰が下されるなら、それでよい。
ただ。ただ、もっと愛していたかった。
レハトの心を変えるくらいに、もっと抱きしめてやりたかった。
もうそんなこともできないのだろう。望まれていないのだろう。
今の私に出来ることは。
「……好きにするといい」
目を閉じる。途端に体が重くなった。
肚から何かが込み上げ、急激に体温が下がる。
こいつは、こんな苦しみの渦中にいたのか。
……何も分かってやれていなかった。ただ己の無力さが歯痒かった。
だがもうそれも終わりだ。私は罰を与えられ、レハトは自由になれる。
「……ばいばい」
最期に聞いたレハトの声に、哀しみが混ざっているように思えたのは…… 私の冀望だったのだろうか。
そこで私の意識は緩やかに闇へと落ちていった。
【選択肢: 想定:愛情・ 想定:憎悪】
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「……落ちて行ったと思ったんだがな」
見慣れた天蓋と、寝台を背に目を開ける。
いつもと変わらない部屋。柔らかな日差しが差し込み、辺りを白く照らしている。
「……夢か。何と言う夢を見ているんだ私は……」
あの忌まわしい日からどれ程経ったのか。彼が私の妻であるはずがなかった。
今もレハトは寝台に臥せっている。
私の妻どころか、満足に話せもしないはずだ。
なのに、どうしてこんな夢を見たのか。
「……夢想?はっ、馬鹿らしい……」
私は何を望んでいるのだろう。
奴の手で罰を下されることを望んでいるのか。
それとも。
「……」
幾度も繰り返した問い掛けに、未だ答えは出そうにない。
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「……落ちて行ったと思ったんだがな」
見慣れた天蓋と、寝台を背に目を開ける。
いつもと変わらない部屋。柔らかな日差しが差し込み、辺りを白く照らしてい る。
「……夢か。何と言う夢を見ているんだ私は……」
あの忌まわしい日からどれ程経ったのか。
ふと隣を見ると、そこには妻がいる。
静かな寝息を立て、僅かに上下する胸。確かに生を受けている、存在している彼女。
「……」
あれは夢だ。そう思いつつも、胸中に蟠る不安が拭えるはずもなく。
助けを求める様に額に手を触れた。
「……ん。あ、れ。タナッセ?」
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
まだ寝惚けているのか、些か呂律の回らない様子で名を呼ばれる。
いつもと変わらない、変わりはしない。
「……どうしたの?」
どうやら私は余程難しい顔をしていたらしい。
彼女が心底心配した様子で聞き返してくる。
「……タナッセ?」
「……恐ろしい、夢を見た」
我ながら情けない、とは思う。
私の発言に、レハトの眉尻が怪訝な困惑を示した。
そろそろと体を起き上げ、私の顔を覗いてくる。
その体に縋る様に手を伸ばし、抱き留めた。
「……怖い夢見たの?」
どこか懐かしく、温かい声。母上のようだった。
「……そうだ」
レハトの胸に顔を埋める様にして、腕に力を込める。
特段それを振り払うこともせず、背中に優しく、私より小さな手が回された。
赤子を宥める様に背をさすり、耳元に言葉を落としていく。
「そう。でももう大丈夫よ。大丈夫」
傍から見れば、情けない以外の何物でもないだろう。
だがそんなもの今の私にとっては些細な事だった。
「お前に、憎まれていた。過ちを犯した私が、全て赦されるなどとは今も思っていない。
だが、だがそれでもお前に憎まれていることが、愛したものに憎まれたことが、私には、恐ろしく、
私はお前が…… 傍に……」
レハトは何も言わない。
己が何を吐いているのか理解できなかった。
ただ、不安だった。
「憎まれていて当然なのだと理解はしている。
それでも、隣にいた者に、認めてくれた者に憎まれその手で如何に断罪を受けようとも、
今の私では、お前がいないなど…… 私は、お前がいなければ」
求めていたものは、断罪ではなかった。
ただ傍に寄り添う者が、居場所が欲しかった。
支離滅裂な言葉だろう。私自身そう思うのだから。
私の夢を全て知る者はいない。ゆえに、レハトは困惑しているだろうか。
それでも、レハトは優しく背を撫で言葉を紡いだ。
「私は、あなたの事好きよ。もう憎んでいないし、ずっとずっと傍にいるよ。
大丈夫、怖い夢も、結局夢だから。ね?私はここにいるよ」
その言葉は不安を掻き消し、胸に温かみだけを残す。
抱き留めた体は、確かに傍に寄り添う者の存在を示す。
ただ、傍にいるだけで、それだけでよかった。
「……ありがとう」
きっと、これからどれほど悪夢が襲おうとも。苛まれることはないだろう。
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